第4話 先輩と朝食

 衝撃的な一日を終えた、次の日の朝。


「おはようございますっ」


眠っていた僕の耳に届いたのは、優しくて、とても温かみのある声だった。


「んっ……んん〜……っ」


 その声に導かれるように、僕はゆっくりと目を開けた。


「っ……えっ?」


 ……僕と同い年くらいの女の子が、覗き込むようにして僕を見下ろしていた。


(どうして、こんなことに……?)


 急に浮かんだ疑問を解決する前に、謎の黒髪少女は、思っていた以上にハッキリとした声で言った――。




「もう朝ですよ、“翔太郎しょうたろうくん”」




 その声を聞いた瞬間。朝はいつも反応が鈍い脳が高速回転を始める。


「……先輩? どうして……先輩がここに……?」


 すると、先輩は僕の発言を聞いて少しムッとした表情になる。


「……なにをぼやけているんですか。昨日のこと、もう忘れたのですか?」


 昨日は……先輩がこの家に…――


「あ」


 ふと先輩の方を見ると、さっきまでのムッとした表情から、今は不安な表情に変わっていた。


 ……これは、まずい!


「えっと……そんなことはありません! ちゃんと覚えています!」


 それを聞いてホッとしたのか、再び僕の顔を見て一言。


「だったら、もう朝なので起きてください!」


 と言い残して、部屋を出て行ってしまった。


 ………………。


 僕は、ベッドから起き上がると、カーテンの隙間から漏れる眩しい光を浴びた。

 今日に限って、なぜかこの光がとても気持ちよく感じた。


「でも……やっぱり、朝は苦手だな」




 完全に目が覚めた僕は、制服に着替えて部屋を出ると、一階の洗面所にやってきた。

 手のひらに溜めた冷水で顔を洗い、鏡に映る自分の顔を見た。


「おぉ……っ」


 朝はいつも眠たげな顔が、今日はどこかスッキリしているように見える。

 もしかすると、誰かに起こしてもらうことが久しぶりだったからなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、タオルでサッと顔を拭いてリビングへと向かうと、


「っ……いい匂い」


 キッチンから食欲をそそる匂いがした。


「もうすぐ出来ますからね」


 声のしたを見ると、先輩がキッチンで朝食を作っていた。

 手際がいいのか、次々と朝食の準備が進んでいく。


「先輩、なにか手伝うことはありますか?」

「こっちは大丈夫なので、座って待っていてください」

「あ……はい」


 あっさりと断られてしまったが、イスに座っているわけにもいかないので、料理の乗った皿をテーブルに並べることにした。

 テーブルの上には、ご飯、味噌汁、目玉焼き、ソーセージと、美味しそうな朝食が並んだ。

 今までは、いつもギリギリの時間に起きて、急いで食パンを口に詰め込んでいたから、とてもありがたいラインナップだった。


(朝は、これでいいんだよ……これで……)


 思わずしみじみしていると、キッチンから出てきた先輩がテーブルを挟んで僕の向かいのイスに座った。


「それでは、いただきましょうか」


 先輩の言葉が合図となり、僕たちは手を合わせる。


「いただきます」

「い、いただきますっ」


 なぜだろう……二人で言うと気分がいい。

 そんなことをぼんやりと考えながら、味噌汁を飲んでいると、


「お、美味しいですか……?」


 先輩がやや俯き加減で尋ねてきた。

 よく見ると、頬がほんのり赤くなっているのがわかる。


「…………っ」


 その質問に対しての答えは、一つしかない。


「とっても美味しいです」


 と言うと、先輩はホッとした表情を浮かべた。


「よかったです……っ。あまり、料理は得意ではないので」

「そうなんですか?」

「……はい」

「あれ? でも、昨日作ってくれた料理は、とても美味しかったですよ?」


 そう。昨日の一件が終わった後、夕食をどうするか考えているときに手を挙げたのが先輩だった。


『居候させてもらうので、これからは私が料理を作ります!』


 そう言って先輩は、冷蔵庫の中のものでお手軽親子丼を作ってくれた。

 その親子丼を食べた感想としては、“美味しかった”の一言しか思い浮かばなかった。


「得意じゃないのに、サラッとあんなに美味しい親子丼を作ったんですか!?」

「っ!! ……冷蔵庫の中の食材を見たときに、作れると思った料理が親子丼だっただけです……っ」

「思っただけ作れるなんて、すごいですよっ!」

「っ……あ、ありがとうございます……っ。でも、料理は本当に得意ではないので、これから少しずつ、レパートリーを増やしていけるように頑張ります」


 そのときの先輩の顔は、真剣そのものだった。


「応援していますっ!」

「“翔太郎くん”……」

「……ところで、先輩、その……“翔太郎くん”というは……」

「え。もしかして、嫌でしたか?」

「別に、そういうわけではないんですけど……」


 先輩は、ポカーンとした表情を浮かべている。


「けど?」


 これを言うのは、すごく恥ずかしい。


「……少し、照れますね」


 すると、先輩の表情がポカーンとしたものから、僕をじっと見つめる表情に変わった。


「………………」

「……な、なんですか? 先輩……」


 すると、先輩は、閉じていた口をゆっくりと開く。


「いえ、可愛いなと思って……」


 …………えっ、可愛い?


 今度はこっちがポカーンとした表情を浮かべていると、


「……ふふっ」




 このとき……僕は初めて、年上の女性の余裕というものを感じたのだった――。

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