第2話 家にいたのは……

 真っ暗な帰り道を進みながら、頭に浮かぶのは――。


「結局、あれは……なんだったんだろ……」


 放課後での出来事は、今までの人生の中であまりにも衝撃的だった。

 あの光景は、僕の心に深く刻まれている。


(それにしても……)


 僕には、どうしても引っかかる部分があった。


「………………」


 あの後。彼女は顔を真っ赤にしながら教室を出て行ってしまい、どうしてあんなことを言ったのかを聞くことができなかった。

 ちなみに僕は、教室に一人でいるのが気まずくなってすぐに教室を出たのだった。


 ――そして、今に至るという……。


「はぁ……」


 ため息がこぼしていると、一軒の家が見えてきた。

 ……なぜか、最近、家が見えるとホッとするようになった。


(どうしてだろう……)


 そんなことを考えながら玄関に着くと、持っていた鍵で扉を開けた。




「あっ。おかえりなさいっ♪」




 ……ん? 家には誰もいないはず……。


「…………っ!!」


 僕は、ただただ呆然としてしまった。なぜなら、


「どう……して……」


 今日一の衝撃的な告白をしてきた人物が、満面の笑顔で迎えてきたからだ。


 ……ゴクリ。


 万が一のために、ポケットに入れているスマホを……。


「♪」


 ……え、笑顔が……明るすぎる……っ。


「っ……あ、あの……。どうして、ここにいるんですか……?」


 恐る恐る尋ねると、


「それは……と、とりあえず中に入ってから話しませんか?」


 僕からの質問は、呆気なく断られてしまった。


 頭の中は、はてなマークでいっぱいになったのだが。ひとまず、ここは……。


「わ、わかりました……っ」


 彼女の提案に乗ることにした。




 その後。

 玄関で靴を脱いだ僕は、彼女と一緒に廊下を進む。


「………………」

「………………」


 なにが起きているんだ……ほんと……。


 リビングに入ると、カバンをダイニングテーブルのイスに置いた。


「あの……ソファーに座っていてください。なにか飲み物を持ってくるので……」

「そ、それは私がします!」


 と言って、慌てた様子でキッチンに向かった。


「えっと……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 僕が言われた通りにソファーに座っていると、彼女は、麦茶をコップに注いで自分の分と一緒に持ってきた。


「ど、どうぞ……っ!」

「っ!! ありがとうございます……」


 コップを受け取ってお礼を伝えると、微笑んだ表情で僕の顔を見てきた。


「……なんですか?」

「いえ、なんでも……っ」

「?」


 不思議に思いつつ、麦茶を一気に飲み干す。

 外から帰って来たこともあって、冷えた麦茶が体に染み渡る。


(……よしっ)


 中が空になったコップをローテーブルの上に置くと、


「……単刀直入にお尋ねします。どうして、ここにいるんですか?」

「そ、それは……っ」


 彼女は、さっきの元気な姿と打って変わって無言のまま俯いてしまった。


(さっきと同じように誤魔化すつもりか……?)


 このとき、僕はある一つの答えを見つけた。それは、


「まさか……勝手に……」


 と言って、スマホを出そう手をポケットに入れると、


「ち、違いますっ!」


 すぐに否定の言葉が返ってきた。


「私は、なにも法を犯すようなことはしていません!」

「ほんとですか?」

「本当です!」

「ほんと?」

「本当の本当です!」


 僕を見つめる、彼女のまっすぐで澄んだ瞳……。

 初めて会ってからちょっとしか経っていないが、僕には、目の前の彼女が嘘をついているようにはどうも思えなかった。


「……どうやら、こっちの勘違いだったみたいです。疑ったりしてすみませんでした」

「!! い、いえ……こちらこそ、誰もいないときに勝手に上がり込んでしまって……。ごめんなさい」


 お互いがお互いに頭を下げて謝り合っている光景が、どこか笑えてくる。

 彼女も、今のくだりが面白かったのか、必死に笑いを堪えていた。


(…………っ)


 その姿を見て…――――素直に可愛いと思った。


「――私の顔になにか付いているのですか?」

「え? あ……」


 つい見惚れていたことに気づき、ぎこちない顔で平静を装う。


「えっと……で、でも、本当に驚きましたよ」

「? なにがですか?」

「帰ってきたときに家に人がいたことですよ。母さんは、仕事が忙しくてあまり家に帰って来ないから……」

「………………」


 ふと彼女の方を見ると、話していた僕を一点に見つめていた。


「あっ……すみません。急にこんなこと……」

「いいえ。そんなことはありません」


 そう言って、彼女は首を横に振った。

 その後。

 彼女は、覚悟を決めたかのように僕をじっと見てきて……。


「……大丈夫ですっ!」

「え?」


 ……なにが、大丈夫なんだ?


「これからは、寂しい気持ちにはならないはずです!」

「? それって、どういう…――」


「私が居候するので!」


 今、一瞬、『居候』って言葉が聞こえたような気が……。

 こちらの聞き間違いかなにかだと思い、改めて尋ねてみた。


「だ、誰が……ですか?」

「誰って、私です!」


 ………………………………………………………………………………。


 頭の中では、放課後の出来事が走馬灯のように駆け巡っていた。


『っ……な、なんでもするので、私を……居候いそうろうさせてください……っ!!』


 突然のことでつい忘れてしまっていたけど。


 ――――…『居候』って思いっ切り言っていたじゃないか。


(……じゃあ、待てよ。ということは、つまり……)


 そのとき、僕は一つの答えに辿り着いた。……辿り着いてしまった。


「まさか……」

「さっき教室で会ったときに言ったことは本当です」

「…………っ!?」

「なので、これからは一つ屋根の下、よろしくお願いします!」

「ほんと……だったんだ……」


 ガチャリ。


 僕が呆然としていると、玄関の方から扉の開く音がした。

 そして、開けた人物が廊下を進んでリビングに向かってくるのがわかる。


 僕以外に、この家の鍵を持っている人というと……。


「ただいま~」


 どこかノリノリな声が、リビングに響き渡った。


「翔太郎~っ♪ お姉ちゃんが帰ってきた……ぞ……」


 母さん……ではなく、“姉さん”だった。


「ねっ……姉さん!?」


 突然帰ってきた姉さんは、僕と隣にいる彼女を交互に見ると、


「ま、まさか! あの翔太郎が……女の子を家に連れ込むなんて……ッ!?」


 衝撃を受けたのか、口を大きく開けたまま固まっていた。


 ちなみに、僕はというと、


「ええぇ……」


 あまりの情報量の多さに、ガクリと膝をついたのだった――。

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