私のヒミツを知りたいって本当ですか?

白野さーど

第一部 居候少女のヒミツ

第1話  少女の告白

 高校デビューから一週間。

 クラス内では、それぞれのグループが形成されていた。


 陽と呼ばれる者たち。

 陰と呼ばれる者たち。

 それら以外の者たち。


 そして…――――僕。


(どうして……こんなことになってしまったんだ……っ)


 入学してからの一週間は、所謂、『トモダチ作り』というものをしようと考えていた。


 ――…考えていた、だけだ。


 実際には、自分からは動こうとせず、向こうから来てくれるのを待っていた。

 その結果……あっという間に一週間が過ぎていった。




 こうして、高校デビューは失敗に終わり、僕はボッチになった――。




 それから、さらに一週間が経ったある日のこと。

 昇降口で靴を履き替えるため、下駄箱を開けると……


「……ん? なんだこれ……」


 靴の上に白の封筒が置かれていた。


(もしかして、これは…………ラブレター?)


 今の時代に下駄箱に手紙を入れる人がいるのかと思ったが、


「…………っ」


 正直、嬉しくないわけもなく――。


 僕は、チラチラッと周りを確認してから、恐る恐る手紙を手に取ると、


(い、一体、誰から……あれ? 名前がない……?)


 手紙のどこにも、差出人の名前がなかったのだ。


(さすがに、誰かのいたずら……ではないよな……)


 悲しいことに、ボッチライフ満喫中の僕にいたずらをする人なんて、この学校には誰もいなかった……。


 ということは、つまり、この手紙はそういったたぐいのものではないと推測できる。


(……開けるしかない……)


 僕は、なにも書いていない封筒の中から手紙を取り出す。


 ドキッ……ドキッ……。


(……どこか、手紙の内容に期待している自分がいる……。いや……期待するだけ無駄か……。でも……)


 とグダグダしている間に、他の学生が来るかもしれないことを思い出して、僕は手紙の内容に目を落とした。




『今日の放課後、2―Aの教室で待っています。           一条いちじょう彩音あやね




 書いてあったのは、会う場所と名前だけ。


(一条……彩音……)


 僕には、見覚えのない名前だった。

 名前だけでは、どこのクラスの人なのかはわからない。

 しかし、待ち合わせ場所が二年の教室ということから、相手は二年の先輩だということはわかる。


「うーん……行ってみるしかない……か」





 その後。

 手紙に書かれた教室の前まで来たのだけど。


(…………誰かいる)


 扉の小窓から中を覗くと、教室の窓際に一人の少女が立っていた。


 ……ゴクリ。


 口の中に溜まった唾を飲み込み、ゆっくり扉を開けると、




 ――――――…え。



 教室に入った瞬間、僕は思わず立ち止まった。


「……綺麗……っ」


 眩しい夕日の光に照らされてなびく彼女の長い黒髪は、どこか幻想的な風景を醸し出していて――。


 ……見惚れているんだ。目の前に広がる、映画のようなワンシーンに。


 すると、俯かせていた顔を上げて、彼女がこっちの方を見た。


「!! あ、あの……僕になにか用……ですか?」


 僕は、勇気を持って彼女に尋ねた。


「………………」


 彼女からの返事はなく、特にこれといった反応もない。


(これは困ったぞ……)


 そして、


「………………」


 自然とこっちまで黙ってしまった。


(き、気まずい……)


 ボッチにとって、この空気は一番苦手であり……苦痛でもある。


 そんな状況が、かれこれ十分……いや、正確にはもっと経っているかもしれない。


「………………」


 この空気に耐え切れなくなった、僕は――。


「用がないなら帰りますよ?」


 こっちから仕掛けてみることにした。

 このままでは、なにも話が始まらないと考えたからだ。


「………………」


 僕が教室のドアの方に体の向きを変え、歩き出そうとした、そのとき――。




「――まっ、待ってください……っ!!!」




 大きな声を上げながら、ブレザーの袖をギュッと握ってきた。


「実は……あなたをここに呼んだのには……理由があります……っ」


 彼女の瞳は、決意に満ちているように見えた。


「お願いです……っ。私の話を……っ」

「……わ、わかりました……」


 僕は、彼女の話を最後まで聞こうと決意した。


「で、では……」


 ブレザーの袖から手を離すと、彼女は頬を赤らめながら、ある一言を僕に言った。




「っ……な、なんでもするので、私を……居候いそうろうさせてください……っ!!」




「…………へっ?」


 それは、僕には理解が追い付かない言葉だった。


(今、この人……なんて言った?)


 頭の中では、理解しようとする自分と理解することを止めようとする自分が壮絶な戦いを繰り広げていた。


(……いや、一旦、落ち着こう)


 誰にだって、生きている内に自分の理解が追い付かないことだって起きるはずだ。


(冷静になれ……。冷静になるんだっ、黒江くろえ翔太郎しょうたろう! 確か、なんでもするので…――)


 頭がパンクしてしまっていたので、後半の部分を思い出せない。

 

「あの……もう一度だけ、今の言葉を言ってくれませんか……?」


 すると、再び俯いていた彼女の肩がプルプルと震え出した。




「えっ!? だ、だから……なんでもするので……私を居候させてくださいと言ったんですぅ……っ!」




 僕と彼女を包んでいた眩しい夕日が、ゆっくりと沈んでいく――。




 これから、僕の高校生活が大きく変わっていくことを、このときの僕は、まだ知らない。

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