8

 八坂に曲を書こうとして、僕は来る日も来る日も本を眺めた。背表紙からタイトルを拝借しては、僕は八坂をイメージした詞を書き、そして捨てた。この五日間で七篇ほどの詩を書いたけれど、どれも彼女に見合うものだと思えなかったからだ。彼女が思う、彼女のことを真に歌っている詩だと、彼女のために捧げられた詩だとは思えなかった。

 僕がいくらかの原稿用紙とボールペンを無駄にしたころ。約束の日が巡ってきた。


 その日の朝は、休日に設定していたから。アラームは鳴らなかった。代わりに郁がアラーム代わりになって現れた。

 はじめに鳴ったのはジリジリというノイズ。それから響いたのは、スピーカーがハウリングしたときのあのキーン! という甲高い音。ともすれば隣の家から「うるさいぞ!」と怒鳴り込んで来られても反論できないような、そんな爆音だった。

 僕はその爆音で目が覚めて、そして布団の隣で四苦八苦してる郁を目撃した。彼女は僕のギターケースとアンプとひっぱり出して、なにやらしっちゃかめっちゃかにしていた。きれいにPA巻きしていたシールドはぐちゃぐちゃになって郁の足に巻き付いてるし、いちおうプラグはアンプとギターとにつながっていたんだけれど。ボリュームとゲインの調整とかまったく知らなかったみたいで、ゲインがマックスのボリュームもマックスという最悪な状況になっていた。そこでピックアップが雑音を拾い上げ、スピーカから出力したんだろう。それがさっきのハウリングの正体だった。

「なにしてんの?」

 僕は寝ぼけた頭のまま、彼女に言った。夢かと思ったけど、耳がヒリヒリと痛むので現実のようだった。

「いやね、薫くんを起こそうと思って。それで、薫くんを真似てギターを弾いてみようと思ったんだけどね。うまく音が出なくって……」

 バッチリメイクの上に、今にも泣き出しそうな郁に、僕は小言の一つも言う気になれなくて。けっきょく彼女の手からギターを取り上げて、ケースに戻した。アンプの電源はすぐに切って、ノブはすべてゼロに戻してやった。

「郁は機械音痴なんだから。だめだよ、さわっちゃ」

「ごめん」

「いいよ。慣れないことはするもんじゃないし。ほら、今日はデートなんだろ。だから僕を起こそうとした」

「だって薫くん、昼間まで寝てそうだったから」

「違いない」

 なにせ僕は夜更けまでスマートフォンを凝視して、ずっと詩を考えてたのだから。ぶっちゃけて言えば寝不足だった。

「シャワー浴びて着替えてくるよ。そしたら出掛けよう。昼飯食って、それから服を買おう。それでいいよね?」

「うん。待ってる」

「ごめん。朝早くから用意してくれてたのに、ありがとう」

 僕はそれだけ言って、布団から這い出た。寝癖のついた髪を手櫛でとかしてるうち、耳鳴りは徐々に消えていった。

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