7

 店の外は、闇と静けさが支配していた。風がぴゅうぴゅう吹いて、秋らしさを感じる夜。というよりも、冬の訪れがすぐそこまで来ているような夜だった。

「言い忘れてたけど。その髪型、とても似合ってるよ」

 店を出るなり、僕はそう言った。風になびく八坂の青い髪が本当に綺麗だったから。心から出た言葉だった。

「そう? じつはね、わたしはああは言ったけど、本当のところあんまり気に入ってないのよ。ねえ、今日はわたしの家に寄ってく?」

「いや、明日は早番だから止しておくよ」

 だから僕らは少しだけゆっくりとした足取りで歩き出した。帰る方向は途中まで同じだ。別れるのは、いつものあのコンビニの前でだった。

 八坂は僕の左側にいた。そして少し寒そうに手を揉んだり、吐息を指に吐きかけたりした。

「”秋空のブルーアッシュだ”って、わたし言ったっけ?」

「その髪のこと?」

「そう。わたし、気分が変われば髪型やスタイルをどんどん変えたくなる。そういう趣味なわけ。わかるでしょ? それはたとえば気分が晴れないから手首をナイフで切ったりとか、ピアス穴をたくさん開けてみたりとか、あるいは高い服をたくさん買ってみたりとか、知らない男と寝てみたりとか。そういうのと同じで。わたし、こうすると気が晴れるというか、まぎれるのよ。でも、やったあとで自分のスタイルに合わなくて後悔するんだけど」

「いまがそう?」

 八坂は首を縦に振った。

「青って、じつはあんまり好きな色じゃなくて。それにね、思い切って髪をボブにしてみたけれど、意外と切ったあとって寂しくて。長かった髪がなくなって寂しいなとか、伸びるまでどれぐらいかかるんだろうって、むしろそっちのことばかり考えてしまう。気分を紛らわすためにスタイルを変えてるのに、むしろヤな気分になるんだもの。やってられないわよね」

「でも、似合ってるよ」

 ――少なくとも僕にはそれしか言えなかった。

「ありがと。森島君って優しいよね。ねえ、コンビニ寄ってく? タバコ切れちゃってさ」

「ああ、僕も寄ってくよ」

 僕のタバコは切れてるわけでもないのに。むしろ禁煙しなければいけないのに。八坂のあとを追ってしまった。

 八坂は悩んだあげく、チェではなくマルボロを買った。僕が、「どうしてマルボロにしたの?」と理由を問うと、

「なんだろう。洋モクならなんでもいいかなって、そう思っちゃった」と答えた。

 僕らはそれからコンビニの軒先で一服してから、別れた。別れ際、彼女はいつものようにカセットテープを聞き始めようとしたので、僕はその前に意を決して言葉にすることにした。つまり、僕がやりたいこと。

「なあ、八坂。『僕は僕のために曲を書きたい』と言ったよね」

「ん、ああ。そんなこと言ってたわね」

「もし僕が――」

 僕は、『君のために曲を書きたいのだ』と言ったとしたら?

 君のその呪縛のようにあり続ける曲を、上書きしてやりたいと言ったら?

 お節介だとしても、君のための曲を書きたいのだと言ったとしたら、

 君は果たして何て言うのだろう?

 タバコを吸う八坂の姿を見て。音楽を聴く彼女の姿を見て、僕はそのことを伝えようとして。でも、僕は――

「僕は、なに?」

「いや、何でもない。ライブ来てくれよ。聞いてほしい曲があるんだ。きっと気に入る」

「ふうん。でも、どうかしら。知ってるでしょ、わたしのこと」

 カセットウォークマンをこれ見よがしに見せて、いたずらな笑みを浮かべながら。八坂は僕の前から消えた。秋空の下、青黒い髪を恥ずかしそうに隠しながら。

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