7

 日曜の夕方、僕はスタジオにやや遅刻してやってきた。理由はいくつかあって、出掛けに郁と夕飯のことで少し喧嘩したとか、久しぶりにギターを背負ったせいで足を痛めたとかあったけど。一番は彼女と待ち合わせをしたためだった。

 僕らがよくリハーサルに使うスタジオは、駅前の歓楽街の近くにある。ラブホテルの地下を再利用して作られたもので、防音性だけは確かだった。もっともフロントはラブホテルと共同だったから、たまに事後のカップルとはち合わせたりして気まずかったりもするんだけれど。

「やあ、ギタリストさん」

 そう言って現れた彼女は、二、三日前とは見違えるような姿だった。

 ウルフカットだった髪は、少し伸びてカールし、首筋あたりでポニーテールになっていた。そして何より血のように赤かった髪は、橙色に変わっていたのだ。まるでオレンジの果肉のような、まぶしいくらいの橙色に。

「どうしたのその髪? 切ったどころか、ずいぶん明るく染めたみたいだけど」

「ああ、これ? 言ってなかったっけ?」

 彼女はあっけらかんとした様子で言った。何事もなく、これがわたしのいつものヘアスタイルだと言わんばかりに。

「わたしね、気が向いたら髪型や色をガラッと変えることにしてるの。それは一週間おきだったり、二週間おきだったりするけれど。とにかく変えるのが好きなの。そうすると違う自分になれる気がするから。そうそう、ちなみに今回のテーマは『太陽のようなアプリコット・オレンジ』」

「へえ、じゃあこの前までの赤色は?」

「華のようなヴァンパイア・レッド」

 そう言うと、八坂は吸血鬼みたく歯を見せて、僕に噛みつこうとした。

「それより、見てもいい? もう集まってるんでしょ。なんていうんだけ、君たちのバンド」

「『ナギサニテ』だよ」

「不思議な名前ね。名付け親は?」

「僕さ」

 ラブホテルの受付を抜け、地下のスタジオへ。ここにはA、B、C三つのスタジオがあって、今日僕らが借りたのはBスタだった。Aスタからはヘヴィメタバンドの練習が聞こえて、Cスタは無人だった。

 そうして問題のBスタはというと、気まずい雰囲気の男女が立っていた。悟と、リクの二人だった。

「来たか。……と、その彼女がウワサの?」

 ベースの出音を確かめるようにしながら、悟が言った。

 僕らは互いに自己紹介をして、すぐに練習に入ることにした。八坂が楽器も歌もやる気がないと知ると、悟はすぐに興味を失ったし。リクに至っては初めから彼女をいない存在として扱ってるみたいだった。

「じゃあ、手始めにオールド・スクールなのから行こう」と悟。

「なんだよそれ」

「サイコキラーさ」

 そう言うと、悟は無言でトーキングヘッズの『サイコキラー』を弾き始めた。あの特徴的なイントロのベースリフだ。するとリクもため息混じりにバスドラを合わせてきたので、僕も乗らざるを得なかった。

「I can't seem to face up through the facts(俺には、現実を直視できない)」

 悟が歌い出す。リフレインに合わせながら。


     †


 あの晩、僕が何をしたか

 あの晩、彼女が何て言ったかなんて

 僕は望みを果たしただけさ

 何も考えずに、ただ光に向かって

 わかるだろ?


     †

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る