第13話


「お、おのれ~!! たかだか人買いの分際で、俺様に脅しをいれるなど! 後で見ておれ、必ず成敗してみせる!!」


 人買いがいなくなった途端に、金餅は元気になった。


「おい! 隼、杏! お前ら、人買いが手を引いたからって、安心するのはまだ早いぞ! 杏が、うちの使用人であることは変わらないんだ! どうか死なせて下さいと、自分から懇願するような目にあわせてやる! 見ておれ!」


 人買いがいなくなった事で少しだけ明るくなった安堵していた兄妹の顔が、再び沈痛な面持ちになる。その顔を見て蓮花は思った。このままじゃダメだ。このままじゃ隼さんが龍騎士になっても、自分は虐げられて当然の人間だと思ったままになってしまう。そんな人生、ダメだと。


「人買いは間違っている。でも、間違っていない事も言った」

「……蓮さん? 何を?」

「杏ちゃん! 孫家で死ぬような目に合うのは嫌だよね?」

「そ……それは……」

「どっちなの⁉」


 杏は、横目で金餅を見ながら、はっきりと「嫌です」と言った。


「じゃあさ、隼さんは? 隼さんは、杏さんがそんな目に合うのは?」

「も、もちろん嫌に決まっています!」

「じゃあさ、自由を……。本当の自由を勝ち取ろうよ!!」

「じ、自由……? でも……どうやって?」


 隼と杏は、希望を持ったような……それでいながら疑うような目を蓮花に向ける。


「その方法を聞くのは僕にじゃない!」

「え?」

「孫家のバカ息子! どうすればこの二人を解放してくれるの!?」


 金餅は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。


「………………は?」

「隼さん、杏ちゃん! 自由は自分で勝ち取るんだよ! 目の前にいるのは運命なんかじゃない! ただのバカ息子だ!」

「自分の力で……勝ち取る?」

「運命……じゃない?」

「そうだよ! 運命って言うのは、自分の力で切り開くもの。切り開いた先に、本当の自由があるんだ!」


 隼と杏は、お互いに顔を見合わせたかと思うと、金餅の前に土下座した。


「お願いです! 自由にしてください! 借金なら俺が必ず龍騎士隊に入ってお返しいたします!」

「お願いです! 自由にしてください! 私に何ができるかは分かりません。でも必ず借金はお返しいたします!!」


 土下座して懇願しているが、二人の目は力がある。

 金餅は、拳をプルプル震わせ、ギリギリと歯を噛みしめた。


「お、俺をバカにしやがって……。何が自由だ。そんなに自由が欲しいなら、お前ら全員あの世で好きにするがい!!」


 後ろにいるはずの剣を持った護衛に向かって、「やれ!」と大声を張り上げた。

 ……何も起こらない。


「何をしている、やれ!!」


 金餅の怒声と同時に、ドサリ、ドサリと重いものが倒れる音がした。


「は?」


 訳が分からないでいる金餅の首に、後ろから鈍色に光る剣が当てられる。すっと大きく息を吸った金餅は「ひ、ひぃいい!!」と、剣先を逃れて四つん這いで走った。

 隼はぼんやりと、あんなに早く金餅様を初めて見たと思った。


「待たせたな」

「朧月さん!!」


 夕闇から朧月の姿がスラリと浮かび上がった。


「手加減するのに手間取った……。蓮の頼みは難しい」


 朧月の視線を追えば、金餅の護衛が倒れていた。小さなうめき声を上げている事と、朧月の剣先が汚れていない事から峰打ちなのだろう。


「ありがとう、朧月さん。できるだけ傷つけないようにして欲しいってお願いをきいてくれて!」


 別行動をするときに、蓮花が朧月に頼んだ事だ。実は武で知られる高官の丁家、その丁家の中でも腕利きの護衛ならば、このくらいのことばできるに違いないと蓮花は思っていた。それをまさにやってくれたのだ。


「うむ」


 返事はそっけないが、朧月はどこか嬉しそうだ。

 蓮花は尻を向けて頭を抱えてガタガタと震えている金餅の元へ向かう。


「二人は自由を求めているの。どうか解放してあげて」

「ダ……ダメだ! 二人には借金がある!」


 震えながらも、蓮花にだけは唾を飛ばして反論する。


「借金で人を縛ってもあなたは幸せになれないよ」

「そんな事はない」

「で、借金はいくらなの?」

「巨額だ」


 蓮花の後ろに立った朧月が、朧月は懐から紙の束を抜き出した。


「ここに証文がある」


 朧月は紙の束を、バサバサと振った。


「……これによると二人の借金は完済しているようだが?」

「朧月さん?」

「ここに来るのに時間がかかったのは、手加減するためだけではない」


 どうやら朧月は、隼と杏のために借金の証文を屋敷から探し出してくれていたようだ。


「そ、そんな事はない! 利子が利子を生み、二人の借金は一生働いても返せないようになっているのだ!」

「それって……、正当な利子なの?」


 国では利子の上限が決まっているはずだ。金餅はせせら笑う。孫家の力をもってすれば利子など好きにできるのだと。

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