1 レジェーリ


 その塔が突如この世界に現れたのは今からもう何百年も前の事だという。それは何の前触れもない、本当の突然だったらしい。

 残されていた貴重な書物によれば、快晴だった空が突然暗闇に覆われ、時空が歪んだかと錯覚するほどの地震がこの辺りを襲った直後、この塔が突如人々の前に現れたのだという。


 人々はこの謎の塔をネバラと名付けた。


 ネバラから無事出ることのできた俺たちは、視界が開けた森の中で、余りにも広大過ぎるその塔を見つめていた。


 頭上を見上げてみれば、空にかかる雲を貫いて、一体この目の前の塔はどこまで上に伸びているのだろうか。頂上を見ることは叶いそうにない。そして今度は目線を前に戻してみるが、塔の端から端までも全く認識することができそうにない。高さだけではなく横幅も想像を絶するほど大きそうだ。

 このサイズのものが、当然現れた? 俄かには信じがたい話ではあるが。


「そもそもこの塔がどれだけ広いのか、どれだけ高いのか、誰にも分かっていないんですよ」


 そんな俺の隣で説明をしてくれているのが、クロアライドと呼ばれた怪鳥から俺を助けてくれた白髪の少女メア。幸い、俺が転生させられた場所がこの塔の出口の近くだったらしく、彼女の案内で一時間も経たずに脱出することができたのだ。


 とても俺たちが先ほどまでいた、あの危険な塔に挑むようには見えない軽装で彼女は歩き回っていた。その手には、先ほどの爆発を引き起こしたであろう杖が握られている。


「何百年も前から、人々はこの塔の頂上を目指して攻略を進めてきました。しかしそれも未だ夢半ば。全体のうちどれだけを登り詰めているのかは誰にも分かりません」


 なにしろ、あまりにも広大過ぎる上に、中の時空や次元が歪んでいるのか、地上にいるときの感覚が全く役に立たないのだそうだ。そもそも一階層昇るたびに全く異なる世界が待っているらしく、同じ塔を登っているというよりかは違う世界を探検している気分になるのだという。


「シュンさんは本当に運がよかった、先ほども言いましたが塔の中に異世界の人が飛ばされてくることはよくあるんです。それでも大体は手遅れのことが多いですから」


 俺はその言葉に身震いをした。あと一歩遅ければ俺もあの鳥に……。


「今日はもうお疲れでしょう? 色々聞きたいこともあるでしょうけど、一旦街に戻りましょうか」


「街?」


「ええ、この塔に挑む冒険者達が住むために作られた街です」














―――――――









 鬱蒼とした森を抜けること二十分。俺の目が人工的な灯りを捉えた。

 次に飛び込んできたのはレンガ造りの街並み。地面も、建物も、無骨ながらもレンガ積みで形作られている。訪れたことはないが、俺の世界でいうヨーロッパの街並みに近いのだろうか? 所々汚れて削れてはいるものの、森の中とは全く違う平和な世界が広がっていた。


「ここが冒険者の街、レジェーリです!」


 行き交う人々は麻で作られた衣服を身にまとっている。冒険者に向けた商人が多いのか、見たことのない物資を手や、見たことのない生物に乗せて運んでいる人が沢山見受けられた。

 たくさんの麻袋が並んでいるが中身は食料だろうか? ここで薬草などを連想してしまうのは俺が現代のゲームに毒され過ぎてしまっているからだろう。


「人がこんなに……」


「ネバラに挑戦する理由は人それぞれですけど、それでもこの街はネバラに挑む最前線基地みたいなものですからね。毎年毎年多くの人が来ますよ」


 彼女は時折商品を覗きながら、時折美味しそうな果実を買って齧りながら、このレンガで舗装された道を迷いなく進んでいく。

 一つだけどうぞ、と御裾分けとしてもらった赤色の果実は、想像以上に酸っぱくて全く甘みの「あ」の字も感じられないものだった。それでも彼女は笑顔で頬張っているところを見ると、彼女の舌がかなり変わっているのか、この世界の食べ物は想像以上に水準が低いのかもしれない。


「そう言えばさっきから気になっていたんだが、ネバラは危険な場所なんだろ? じゃあなんでみんなそんな場所に行くんだ?」


「うーん、難しい質問ですね。理由はいくつかあるんですが、多くの人は一攫千金の夢を狙っているんですよ」


 ほらこれ、と言って彼女が見せてきたのはずっと手に握られていた杖だ。


「シュンさんも先ほど見ましたよね? この杖が爆発を引き起こしたのを。このような特殊な能力を秘めた『オーパーツ』がネバラには沢山眠っているんです。だから宝探しにネバラの冒険者になる人は多いですね」


 彼女は、ほら、ととある露店を指さした。


「あそこで取引されているものも全てオーパーツですね。残念ながら露店で売られているのはほとんどがランクC以下のガラクタに近いものですが。それでもまだまだネバラには未知のオーパーツが眠っていると考えられているんです。そして人々はそれを求めて、命を賭けて潜るんですよ」


「君もそうなのか?」


「んー、いえ。私の場合はちょっと違いますね。その辺についても目的地に着いたらご説明します。これは異世界人であるシュンさんにもきっと関係ある話だと思うので」


 俺にも関係がある?

 しかし彼女はそれ以上話すつもりはないのか、どんどんと道を進んでいく。

 そして辿り着いたのはこの街の中心部に位置するであろう、一際存在感を放っていた大きな建物だ。現代の知識に合わせるのであれば教会のような建物であろうか?


 彼女は迷いなく木製の扉を力いっぱい開くと、中へぴょんぴょんと足を跳ねさせながら入っていく。

 そしてこれまたレンガ造りの道を進んでいくと、徐々に人々の喧騒が大きくなっていることに気付いた。どうやらこの先に多くの人がいるみたいだ。


 そして彼女はメインであろう大きな扉を開いた。

 同時に中にいた多くの人の視線が俺たち二人に集まる。

 そんな衆目を彼女はまるで気にする素振りを見せず、俺の方を振り返って笑顔でこう言った。


「改めてようこそ、冒険者の街レジェーリへ。ここは冒険者のための宿です」
















 

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