小人ボタン

黒うさぎ

小人ボタン

「やった!

 ついに完成したぞ!!」


 散らかった研究室で私は一人吠えた。


 端から見れば頭のおかしい人間に見えるかもしれないが、どうにもこの沸き上がる喜びを抑えられそうになかった。

 それも仕方のないことだろう。

 なにせ長年の研究がついに実を結んだのだから。


「……博士、うるさいです。

 こんな時間にどうしたんですか?」


 どうやらソファーで仮眠をとっていた助手を起こしてしまったらしい。

 思い瞼を擦りながらのそのそと歩いてきた。


「ほら見てくれ!

 ついに完成したのだよ」


 そういって私は一つの機械を指差した。


「ああ、あれですか。

 博士のつくりたがっていた小人になれるボタン」


 外装などなく、剥き出しになった配線の山の中に直径5cm程度の一つのボタンがあった。

 武骨なこのボタンこそ、私が長年研究してきた人類の小人化の夢を叶えてくれる発明品なのだ。


「助手よ、まさか信じていないな」


「それはそうでしょう。

 いったい何回目だと思っているんですか、失敗作を披露されるの。

 それもこんな時間に……」


 心底迷惑そうな顔を向けられる。

 ふと時計を見ると短い針は既に頂上を通過していた。

 どうやらいつの間にか日が暮れるどころか日を跨いでいたようだ。


「心配するな。

 今回のは失敗作なんかではない。

 見たまえ。

 こいつはスゴいぞ!

 なんとこのボタンを押すと、押した者がわずか百分の一の大きさにまで縮小されるのだ!」


「本当なんですか、それ」


「もちろんだとも!

 この技術があれば食料問題だって瞬時に解決だ。

 なんていったって小人になってしまえばごくわずかな食料でも生きていけるのだからな」


 他にも医療や交通など様々な分野で応用可能だ。

 この発明を世に公開すれば、私の名が後世に長く語り継がれるのは間違いない。


「本当に小さくなれるとして、それってちゃんと元に戻れるんですか。

 私は嫌ですよ、一生小人だなんて」


「案ずるな。

 その辺りのこともしっかり考えてある。

 小さくなったあとにもう一度このボタンを自ら押せば元に戻ることができる。

 物は試しだ。

 早速私が使ってみるとしよう」


 私は全裸になると、ボタンの前に立った。

 小さくなった際に着ていた服に潰されては敵わないからな。


「それでは押すぞ」


 指先に強い抵抗を感じながら、グッとスイッチを押し込んだ。


 その瞬間、私の体は眩いばかりの光に包まれ、思わず目を閉じてしまった。

 そして次に目を開けたとき、私の目に飛び込んできたのは、見上げるほど巨大な助手の靴だった。


「成功だ!!」


 小人になった体で走ったり跳び跳ねたりしてみるが、今のところこれといった不調もみられない。


「助手よ、成功だぞ!!」


 私は助手を仰ぎ見ながら叫んだ。

 しかし、助手からの返事がない。


「しまった、聞こえていないのか。

 仕方がない。

 一度元の大きさに戻るとするか」


 そして私は巨大なボタンを前に絶望することとなった。



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