第三段 餃子

 長崎と言えば中華街があり、その料理の筆頭としてはどうして、もちゃんぽん・皿うどんが先に来る。だからこそ、それを優先的に語る方が普通の食のエッセイとしては「正しい」ことを経験の上から知っている。しかし、ここであえて私は餃子ぎょうざの話をしていく。


 長崎で餃子といえばまず一口餃子の店が挙がってくる。宝雲亭ほううんてい雲龍亭うんりゅうていなどの専門店は長崎の繁華街である浜町はまのまち思案橋しあんばし周辺に点在しており、その中でも思案橋ラーメンを挟んで向かい合う二店がそれを象徴する。国道と路面電車の成す谷がまるで項羽こうう劉邦りゅうほうの命運を分けた漢城かんじょう楚城そじょうへだてた谷のように見え、いずれへくかによってこの夜の命運をかつと言える。場所がしくも思案橋であるのも幸いし、幻の遊郭ゆうかくへの思慕しぼも重なる。


 このよいの 夢の旅路の 入口の 門のいずれを 一人尋ねん


 この一口餃子であるが、他の餃子と比べて丸みを帯びており、皮が割合多めであることや野菜も多いこともあってやや甘みが強い。それこそ、見る人が見ればかわいい、という言葉が出るであろう。私も視点こそ違えど可愛かわいいと思う一人であり、その輝きとあでやかさは生まれて間もない赤子あかごの頬のように油と水に満ちている。


 この餃子の幼子たちを一つ二つとみ上げては食べ、麦酒ビールでやる。一人であればその単純な動作が喧騒けんそうというまつり囃子ばやしとともに進んでいく。


 活気。


 まるでこの世にさなどなく、この一夜の夢が世界のすべてであるかのような有り余る活気こそが何よりの調味料であり、それが私を病みつきにする。客がなければ、留学生の方々の他愛のない会話でもよい。言語など関係ない。


 酒が進む、箸が進む。

 酒が進む、食が進む。


 二人前で二十個もある餃子も気が付けば残りが二つ。祭りの終わりの寂寥感せきりょうかんに似て、だからこそ丁重ていちょうでる。そして、中瓶ちゅうびん二本を飲み干すと、離席りせきし店をつ。長居ながいは無用。祭りをしんで尻が重たくなる以上のあわれはない。新たなる河岸かしを探すのまた、楽しみなのだ。


 そういえば、この店の韮玉にらたまとじもよい。出てくるまでの早さもまた、この店のいきを示すに十分である。


 さて、餃子と言えば長崎にはもう一つ印象的な店がある。中国から来たご夫妻が作ったその店は水餃子を主力に、長崎の中華街から外れて孤軍こぐん奮闘ふんとうされていた。ただ、この水餃子すいぎょうざ逸品いっぴんであり、何度食べてもきが来なかった。生姜しょうがの使い方と皮が見事であり、酢醤油すじょうゆが合わさればよもや無尽むじんに食べられるのではないかというほどであった。その他の料理もまた正道せいどうを外しておらず、何を食べてもきちんとした仕事がなされていた。好好爺こうこうやたるご主人は皆から「お父さん」と呼ばれて親しまれ、その人格が乗り移ったかのような料理の数々は確かに長崎の味を感じることができた。


 これを全て過去形で語らなければならないのは、既に存在が無くなってしまったからである。ご主人の身に何かがあったり、店が潰れたりしたわけではない。ただ、経営を巡って行われた親子喧嘩げんかの果てに、例の「お父さん」と細君さいくんは横浜に移られ、長崎を去ってしまわれた。だから、店も屋号やごうもそのままでありながら、その長崎の味は二度と味わうことができないのである。


 本店はまだ残っている。しかし、その後にできた支店で食事をした際に感じた寂寥感せきりょうかんは今なお脳裏のうりに焼き付いて離れない。当然、店のり方が全く違うと言われてしまえばそれまでであるが、出てきた餃子は輝きを失い、おびえたように皿の上で震えていた。青島チンタオ麦酒ビールがその姿を見ては涙を流す。くにやぶれて山河さんがりとはいうものの、ひとやぶれてしょくはなしということを初めて眼前がんぜんに突き付けられた瞬間であった。


 瀟洒しょうしゃたる 勝者しょうしゃかかぐ りぼての 小社しょうしゃせし あじさびしき


 店をのぞけば客は入っているようである。しかし、そこに過去の幻影げんえいのぞむべくもない。

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