第3話 今後

「……理由を聞いてもいいですか?」

「子供の遺体が無いからだよ」


 ジョーの疑問に対し、衛兵長から即答で帰ってきた。彼の中ではほぼ確信に近いようだ。ジョーに理解を深めてもらうべく、衛兵長の説明は続く。


「若い女性だけがいないのであれば、ゴブリンやオーガのような人型モンスターの可能性もあったんだがね」

「それはどういう……?」

「人型モンスターにとって、子供というのは美味な食料という扱いなんだ。もしモンスターの襲撃であるなら……」


 ジョーを気遣い、言葉を濁す衛兵長。その先はジョーでもわかった。


「食べ残しが残っているはず……」

「……そういうことだね」


 モンスターの食事にマナーなどない。骨を掴み肉を喰らう。内臓を噛み千切り、脳をすする。そこに丁寧に食べるなどという、行儀の良さなどあるわけがない。当然そういった行為を行えば、その場に何かが残っている。食材が人であるならば、そこに残るのは……


 敢えて口に出したことで、ジョーの喉奥から何かがこみ上げてくる。脳裏に無邪気に笑う子供たちが、悲鳴を上げながら食われる想像をしてしまったのである。


「うぷっ……」


 その場で四つん這いになると、ジョーは中身をもどした。だが、ロクな食事をとっていなかったので、出てくるのは嗚咽と胃液のみだ。心配した衛兵が、ジョーの背中をさすってやっていた。


 ややあって口の周りをべとべとにしたジョーは、着ていた服の袖で口を拭うと「すみません」と謝罪を口にする。


「……大丈夫かい?」

「大丈夫です。肝心なことを聞いてませんから」


 今の衛兵長の話からすると、ここに遺体としていない者は、奴隷商に売られてはいるが、生きているということになるはずである。どのような状態に置かれているかは別として。


 ジョーとしては、他の村人はともかく、自分の姉は何とか取り戻したいと思っている。全員何とかできるなら何とかしたいが、そんなに手を広げられるわけもない。


「まぁ、なんだ。奴隷商に売られている可能性というのはそういうことなんだ。要は売るために村を襲ったということだね。ついでに村の倉庫も荒らされて、何も残っていないようだ」


 ただ食料と繁殖用の雌を求めて村を襲ったのであれば、保存食などを持っていくはずがないという話である。


「で、だ。奴隷商に売られてしまったとなれば、取り戻す方法は『買う』というものしかない」

「えっ!? こんな方法で奴隷にされたのに、何とかならないんですか?」

「……忸怩たる思いは我々も持っている。だが、こうなってしまっては……」

「そんな……」


 実際は法で決められているが、穴があちこちにあり、こういった強引な奴隷の調達方法も、その抜け道を狙ったものだと衛兵長は説明を続ける。


「なぜ、そんな穴をそのままに……」

「すまないが、それは我々にもわからないんだ」


 と、ジョーには言うものの、衛兵たちにはおおよそのあたりはついていた。


 奴隷を購入する者たちに、貴族という支配者層が、ある一定数いるということだ。


 法を正すということが、彼らには都合が悪いのだろうと、衛兵たちのような権力側の手足は推測している。そういった考えに辿りつけるのは、街で起こる犯罪の一角が、今回のような犠牲者によって引き起こされるからである。勿論、後味の悪い結末とセットになっている。


 だが、そういう事例が実際にある以上、このような少年に、そんなことに手を染めてほしくはなかった。だから、衛兵長はジョーに正攻法を提案する。


「奴隷は買い戻すことが出来る」

「え?」

「どういう経緯で奴隷商へ渡るかはわからない。そもそも売られるというのも想像でしかないわけだし。だが、罪を犯した者を買うというのも、世間体を考えると想像しにくい。表向きは普通の扱いを装うわけだからね」

「……」


 周りの人間が身を守るために、借金でなった奴隷と犯罪を犯してなった奴隷は、首輪の色で明確に分かるように区別されている。


「だから、今の君にできることは、とにかくお金を貯めることだ。奴隷になった村人を取り戻すために」


 借金で奴隷に落ちた場合、購入者に対し購入代金を返金できれば解放されるというルールが存在する。そして、それは誰が払ってもいいというものでもあった。こういうルールを利用して、他人が持つ奴隷を購入するということもあるようだ。


「そういう扱いの場合、買われた側は再び奴隷となるのだけど、別に解放したって構わない。罪人ではないからね」

「おかね……」


 そもそも見つかるかどうかも分からない。だが、見つかった時にお金がないから解放できないという事態を、ジョーは避けたかった。


「けど、俺にはもう何もない……」


 住む所、食べる物、家族……何もかもを失ってしまったジョーは、お金を貯めると言われてもどうしていいか分からない。明日への足掛かりを失っているジョーに、衛兵長は一つの指針を示した。


「王都へ行こう、ジョー君」

「王都へ?」


 王都では奴隷オークションが定期的に開催されており、ひょっとしたらそこで競札にかけられる可能性もある。というか、各地で行われるオークションだが、王都の規模が一番大きいということもあった。それに、仕事も探せばあるかもしれない。


 あまり例のない事件にかかわった衛兵長は、ジョーに同情を寄せていた。なんだったら口を聞いてもいいと思っている。


 そういうことをジョーに言うと、少しだけ考えたジョーは「是」の意を示す。ここで泣いていてもどうにもならないからだ。もうどうでもいいとすら思っていたジョーだが、姉が助けを求めているなら何とかしたいと、気持ちはかなり前向きになっていた。


 こうして、村人たちの火葬を済ませ、簡易的な墓を作った後、ジョーは再び王都へ向かう。


 この行動が、ジョーの生涯の仕事と出会わせることになるとは、この時の彼はまだ知らない。

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