第2話 事件

 村から歩くこと三日。食糧を現地調達しながら、何とか王都に辿りついたジョー。幸いにも入るための検閲を待っている人は少なく、門衛に用件を聞かれた際、村が何者かに襲われたので、どうしていいか教えてほしいと告げると、すぐに対応してくれた。


 詰所に連れていかれ、知っていることを全て話すと、仕事熱心な衛兵だったのか、すぐに五人の調査隊を編成。次の日には、王都を出立した。


 馬での移動であったため、帰りははるかに早く到着すると、乗せてもらった衛兵長は顔をしかめてポツリとつぶやく。


「……こいつはひどい。おい! 各自ばらけて、何か残ってないか探せ! ついでに全ての遺体を広場に運べ!」

「「「「はっ!」」」」


 小気味よく部下の衛兵が返事をすると、馬を下りて散っていく。


「すまんな。もっと、人数をかけられればいいんだが……」

「いえ……すぐに対応してもらってありがとうございます」


 馬から降りながら、礼を言うジョー。手を貸してもらっているので、何とも恰好がつかないが、乗馬などしたことが無いので乗り降りだけで、体の変なところが痛くなっている。


「遺体もこのままにしておくと、病気が蔓延したりするんでな。悪いが焼かせてもらう。最後に別れの時間を取るから、そこで気持ちの整理をつけてくれるか」


「すぐには無理かもしれないが」と言い残すと、衛兵長も村の中へと入っていく。


 身の置き場がなくなったジョーは、いったん家へと戻る。玄関を開けると部下の衛兵が両親の前に手を合わせてくれていた。


「……ん? おや、どうしたんだい?」

「いえ……手を合わせていただいてありがとうございます」

「そうか……この方たちは……」


 ジョーの言葉から遺体との関係を察して、痛ましい顔をする衛兵。「とりあえず運び出すよ」というと、父親の遺体を背負おうとする。それを見たジョーは、


「自分にやらせてもらってもいいですか?」

「いいのかい? 結構重労働だよ?」

「自分の親ですし……最後にできることだから」

「そうか……では任せるとしよう。この村には広場らしきものがないようだし、入り口のところへ集めることになっている。そこへお願いできるかい?」

「分かりました」


 血の匂いをさせる父親、そして血と精液の匂いをさせる母親を、再び目元を潤ませながら、村の入り口まで運んだジョーは、抜け殻のようにその場に座り込んだ。






 ぽつぽつと村中から運び込まれてくる村人たちの遺体を、虚ろな目で見るジョー。小さな村であったため、そのすべてが顔見知りである。


 ―――倉庫の壁に穴をあけて、げんこつを喰らったり

 ―――こっそり作物を食べて、げんこつを喰らったり

 ―――村長の娘のスカートをめくって、げんこつを喰らったり


「……げんこつ喰らってばっかりだったな」


 それでも最後は「しょうがねえな、ジョーは」と言って、笑って許してくれた。そんな人たちが、怯え、怒り、哀しみといったマイナスの感情を貼り付けたまま殺され、並べられて寝かされている。


「ふっ……ふぐっ、ぐぅぅぅぅっ……」


 もう戻ってくることのない日々を思い出してしまったジョーはひざを抱え、悲しみに耐えるように泣いた。






「―――君。君」

「んぅ……?」

「大丈夫かい?」


 そのままの状態で眠ってしまったのか、首、腰、尻が痛むジョー。声を掛けられ目を覚ましたものの、頭が付いてこないのか声に対して反応できていない。


 少しして、目が焦点を取り戻すと、ジョーは置かれている状況を思い出した。その間にも声を掛けてきた衛兵は、気長に待ち続けてくれていた。


「あ、すみません。こんな状況なのに……」

「仕方がないさ。が起こった後、王都まで来てまたとんぼ返り。そして遺体のしょ……まぁ、疲れているんだよ」


『遺体の処理』と言いたかったが、関係者の前でそのような言葉を使うことをためらった衛兵は、とっさにごまかした。ジョーにそれに気づいた様子はない。


 そんな様子の少年に対して、あまり気は進まなかったが、どうしても確認してほしいことがあった衛兵は、衛兵長の元へとジョーを連れていく。


「どうだい? 気分は?」

「大丈夫です。すみません」


 明らかに気を張っていることが分かったが、ジョーがムリをして付き合ってくれる様子が見えたので、衛兵長は聞きたいことを聞いてしまうことにした。


「これで村の中にあった遺体は全部なんだが、間違いないかい? いない人はいるかい?」


 ジョーはもう一度、村人たちを見る。顔には布がかけられ表情が見えなくなっているのがありがたかった。とはいえ、服装にそれほど種類はないし、体格だけで誰かが分かる程度の付き合いは合ったジョーには、全ての村人の判別はついていた。


「村の若い女の人がいないのは分かってたんですけど……子供がいない」

「そう、か……やはりな」

「? どういうことですか?」


 街とは違って、夜にやることがない農村には、夕食後にやることなど一つしかない。なので、労働力未満の子供たちがそれなりにいたはずなのだが、その子たちが男女を問わず見当たらない。


 それに対して衛兵長は、明確な答えを持っているような気がしたジョーは、間髪入れずに尋ねた。


 そして、それに対して帰ってきた答えは、最悪より一つ上くらいのものであった。


「おそらくは、盗賊の仕業だろう。攫われて奴隷商に売られている可能性が高い」

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