第1話 事の始まり
「おはようございます」
「おう、ジョー。……そうか、もう昼か」
冒険者ギルドと呼ばれる場所の、受付の一番奥。閑散としている事務所の中で、どうどうとサボりをかます、無精ひげをはやす男は、裏口から入ってきて挨拶をしてきた少年……いや、青少年に向かって、ニカっと笑いかけた。
挨拶をしてきた青少年、ジョーと呼ばれた男は頭を一つ下げると、「今日はどんな獲物があるのか?」と問うてきた。
「今日はまだ何も入って来ていないな。大物依頼は……あぁ、ワイバーン討伐を受けた奴らがいるな。うまくいけばお前、今日は帰れんぜ」
何か書類のようなものを確認するヒゲの男。「オークションにかければ、言い値が付きそうだ」とご機嫌だ。今のところ皮算用だが、仕事を引き受けた連中のランクを考えれば、達成できると踏んでいた。
「……まぁ、いいすけど」
「今のとこ、やることないだろ。メシおごってやるから付き合えや」
ヒゲの男―――ギルドマスターという組織一番のお偉いさんにそう言われて、断れる下っ端職員はいない。女性職員であろうが同じようなノリで誘ってくるので、そちらからも悪い印象は聞かれない。ごはんを奢ってくれる気前のいいおじさんという扱いである。とにかくジョーは、ギルドマスター『シド』につかまってしまったのは、間違いなかった。
「で? どうだ? 二代目さんよ」
「その呼び名、勘弁してくださいよ……まだ、師匠から教わってないことたくさんあるんですから」
「でもお前、ここ来てもう……えっと、何年だ?」
「もう四年目ですね。その節はお世話になりました」
シドに頭を下げているジョーは、思いがけず過去を振り返ることになった。
元々ジョーは、ここ王都の出身ではない。各地にある食糧生産のためだけにあるような、小さな村の出身だった。
ある日、持ち回りで狩りの順番が回ってきたジョーは、一日村を出ることになった。いちいち昼だからなどと言う理由で、村に帰ってくることはないからだ。
それなりの成果を得て、帰ってきたジョーが見たものは、あちこちから黒い煙を上げ、あちこちに人が転がっているという惨劇の現場であった。獲物を放り出して倒れている人に近づくと、強烈な血の匂いがした。本来であればその状態の人を揺すったりするなど論外なのだが、混乱していたジョーはかなり強く揺さぶる。
だが、幾ら声を掛けても、力なくだらりと垂れさがった腕が、再び持ち上がることはなく、開きっぱなしの目に光が戻ることもなかった。
生存者を求めて、そこらに倒れている人たちを確認して回るジョーだが、どこにも生きている人間はいなかった。と、そこでジョーはようやく、家族の安否を確認していないことに気付いた。
慌てて生家へと戻るジョーだったが、扉を開けて見たものは、外よりさらにひどいものだった。
父親は掌と足首に杭が打ちつけられ、磔にされたまま腹を開かれ内臓がはみ出ていた。母親も磔にされていたところまでは同じだったが、下腹部から何やら生臭いにおいのする液体を垂れ流していた。匂いの正体は言わずもがな。ジョーとてそれなりの歳である。気が付かないはずがなかった。
二人とも、胸に刃を突き立てられ、首を垂らしている状態。ある程度正気を取り戻したジョーは、ここでようやく涙を流しながら、両親を丁寧に下ろしていく。
本当なら布団に寝かせてやりたかったが、なんでここまでやるのかというくらいズタズタにされており、仕方なく外から藁を持って来て部屋の真ん中へ敷いて、二人の遺体をそこへ寝かせた。
「なんでこんなことに……」
いくら考えたって答えなど出るはずがない。すでにジョーの頭はパンク寸前である。少々気付くのが遅いと口さがない連中は言うかもしれないが、とにかく精神的に余裕がなかったジョーは、ここでようやくあることに気付く。
「姉ちゃんは……?」
辺りを見渡すと言っても、ジョーの家に部屋と呼べるほどのものはない。両親以外誰もいないのは明白である。
家を飛び出したジョーは、村中を駆け回る。この際だと他の家にも入り込むが、どこも似たような惨劇現場である。申し訳ないと心で詫びながら、あらゆる場所を確認した結果、一つ結論が出た。
―――若い女がいない
村には、ジョーの姉を含め何人か年頃の娘がいたが、全て遺体が無い。また所帯を持っていたが、まだまだ若人と呼べる年齢の村人たちの妻の遺体もなかった。
「だからってどうすりゃいいんだ……」
どうやらこの村で息をしているのは、ジョー一人。こういった時にどうすればいいかを知っていそうな村長も、手に農具のフォークを持ったまま倒れていたところを見ると、何かの脅威に立ち向かおうとしたのが見える。
首を掻き切られ、とんでもない勢いで出血したのか、その場は血だまりが出来ているほどである。
村一番のお偉いさんもそんな様なので、どうしたらいいか分からなかったジョーは、とにかく一番近い街へ向かうことにした。それが今いる冒険者ギルドがある、王都であった。
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