city turn#5
幕が上がり、寂れた通りがかつての狂気の
空が燃え尽きた灰の降る夜の出来事の真実は今もなお街の秘密の一つとして誰にも語られていない。
───先に動いたのはジークであった。
数メートル先のアランに対し
そして掌が握られ、何処からともなく灰色の風がアランの
「鈍い」
低い声が放たれ、老人の声を聞いたジークは直下迎撃の型────自身の周囲を灰色の風で満たし既に放たれていた
「なに、軽い挨拶だろうに……握手の方が好みか?」
次いでジークは灰色の防壁の一点に意識を向け、其処から凄まじい速度で小さな影がアラン目掛けて飛び出していった。
されど灰色の弾丸はアランを貫く事無く容易く躱される。
「やはり鈍い」
不可視が振るわれ防壁が取り払われ、ジークを守っていたモノが失われる。二人の視線が一瞬だけ交差し、共に瞳の奥に火花が散って、心臓が加速される。
色と呼ばれる超人の剣戟はこの刹那に五つ放たれた。これは幻想兵装の力では無く、老人の持つ人の部分に由来する
放たれた剣風をジークが一薙ぎで払うと両者は再び間を取って対峙した。
「『エス』の因子を持っているのか、面白
い。よもやこの齢にして弟子二人と
くっくっと喉を鳴らして老人はジークの青白い光を宿した瞳を見つめる。
「記憶が蘇るぞ、お前とエスが儂の下で修行を積んだ日々の記憶が」
「余裕ぶるな、爺ィ」
アランとの距離を詰めてジークは大剣を振るうが、アランは容易く身を逸らした。
「戦いに意味があるか?」
「なに言ってる、お前が始めた事だろう!」
アランは
「戦い自体に意味は無い。戦いによって起こりうる事、戦いまでの過程……そう言ったモノにこそ意味は宿る。戦いだけを目的に戦うのは獣よ。ただ生物であるだけなら我々は自らを霊長類などとは呼ばんだろうよ」
持ち上げられた剣の先がジークに向けられて止まる。
「お前はこの戦いの先に何を見る」
「勝手に始めて、勝手に終わるつもりか!?」
アランは大きく笑う。
「くっくっ、馬鹿弟子が。言っただろう……? お前達は始まりの歯車だと。終わるつもりも終わらせられるモノでもない。ただ始まるだけの物語よ」
「なら、今俺たちが戦っていた事に何の意味がある」
再度アランが笑った。
「意味など無い。儂は──獣なのでな」
途端、アランは剣を振るい衝撃が放たれた。対応出来ずにジークが怯んだ隙にアランは独自の歩法でジークの懐に潜り込む。剣が逆手に持ち替えられ赤い刃がジークの首を狙った。
「幻想化など身に付けてもお前の不出来さは変わらんか」
刃を放った老人は嘆いた。
ジークという弟子の成長の不足に。エスという化け物を生んでしまった自分に。そして、その弟子達を自らの手で始末しなければならないという不甲斐なさに。
「さらばだ」
刃が届き、ジークの首筋から血が噴き出した。
「じ、じぃ──!」
最早ジークには声を出す事も出来なかった。流れ出る血は止まらずに赤い水溜りを広げていく。老人は静かに剣を納め、その最後を見届けた。
「哀れな弟子よ。せめてここで終わるがよい、もう廻り始めた街は止まらぬのだから────あとはエスを止めれば全ての決着が着く」
何度も唱えた『エス』という名を最後に聞いてジークの意識は閉じた。幕があげられたまま劇は終わる。この物語は終わってなどいなかった。再演でも無い。ずっと続いていた。
灰色の夜よりもずっと前、遥か昔、精霊がこの地に降りた時から延々と続いている。
赤の少女だけが
「もう行ったみたいですよ」
ビルの上から少女が呟く。
「やっとか」
その声から疲れが伺える男の声が少女の耳に響く。声は紛れもなくジークの声であり、少女の眼下に映るジークの死体がむくりと起き上がった。
「こんな時勢でもヒト一人死んだ事にするのって大変なんですね」
「この街の人間は自由の代償に規範を植え付けられてるからな。規範ってのはIDでコイツを取るには死ぬか、バカ高い手術費用を払えるヤツだけだ」
「ふーん。でも死んだら死んだで不便じゃないですか?」
「その為のお前だろう。何の為にお前の事を隠したと思ってる」
「それもそうですか。まぁいいや、これからどうするんです?」
「じじいが言うには、エスを止めるだとか……だから、まずは何が起きてるのか知らないとな」
「エス……」
「お前がエスに執着があるのは知ってるが、暴走したフリはもうしなくていいぞ」
「何となくですけど、ElEに行かなきゃならない気がするんですよねぇ……」
「ElEか────だがその前にやるのはコレを仕組んだ奴らの目論見をぶっ壊すのが先だ」
また一つ街に新たな色が落とされる事となり、不器用な回転を始める。
ぎちぎちと噛み合い始めた小さな歯車。
街は色を潤滑油に廻り始めた。
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