city turn#4



「その通り」

 アラン、と呼ばれた老人が先程までの嫌らしさを持った礼儀マナーを捨ててジークへと返答する。老人とは思えない屈強な肉体からは空気を震わせるような低い声音が放たれた。

「クソ、何がなんだか……!」

 困惑を露わにしてジークは額を抑え込む仕草をした。今目の前で起きている事も困惑の一因ではあるが、それより自分が何に巻き込まれているのか、その方に彼は困惑していた。

 老人は何の感傷も示さぬままに手元に重厚な劔を現出させ身体の前で縦に構えた。それは罰の色達が行う儀礼イニシエーションであり、それを老人、ひいては罰の色達が行ったという事はジークに対し明確な殺意を示す事にもなる。

 旧知の人間。それも何度か共に仕事をこなしてきた相手から向けられた殺意。

 そうした状況というのはこの街では特別珍しい事ではない。故にジークもすかさず応える様に大剣を構えた。だが、彼の中では生まれてしまった小さな疑問が消しきれず、老人に向けて問い掛けていた。

「……いつからだ。いつからアンタは“色”の一員になった?」

 老人の表情は揺らぎの無い水面の如く静寂を保ち言葉を返す様子も無い。ただ構えた鋼鉄をジークへと向けただけであった。

 ──それが水面に落ちる水滴となった。

 老人の動作が波紋が広がる様に周囲の赤も劔を構える────沈黙。次いで弾けた。


 赤い閃光が数本奔ってジークの身体を裂いたが致命傷には至っていない。ジークもまた閃光と化した剣士達・・・の動きに反応して身を捩っていた。しかしそれでもジークは罰の色達の速度には至れていなかった。届かない実力の差は今の僅かにジークと罰の色達の間に歴然たるモノとして現れていた。

「流石……化け物以上にバケモノな連中らしい色付きの兵隊共だ──」

 その身のあちこちから血を落とし・・・ジークの膝が地面に着いた。未だ不動を貫くアラン老人の剣は微動だにした様子も無い。

「今のがただの挨拶だなんて、思いたくはないんだがな……」

 先の剣閃が老人の放ったものではない事を噛み締めて、改めてアランという人物の途方も無い“力”を味わわずにして実感する。


 老人を見上げ、あまりの実力の差にジークは自然と口の端で笑みを作っていた。容易く跪かされようとも、苦し紛れに笑って見せる。不屈の精神か──或いはそれは一種の諦めの様にも他者には映るだろう。だがその場においてジークの姿を後者とも前者とも捉えていなかったのはただ一人、アラン老人のみであった────


「退け」

 老人が静かに告げたその言葉を聞きたは踏み止まったのは僅か二人だけだった。そこに漏れた残りの九人は剣閃を閃かせジークへと迫る。次に訪れた風景は五体を分離させられたジークだったモノが散らばる凄惨な景色ではなく……ひび割れた混凝土の上には赤色の花が咲き乱れ、その中に立つジークの禍々しき立ち姿であった。

 右腕に鋼鉄を思わせる灰色の外殻──青白く変色した右眼。ジークの体の一部に怪物の性質が表出していた。幻想兵装とも幻想器とも異なる力の現出──老人はそれがなんであるかを知っていた。


「【幻想化オリジネイト】か。よもや、量産の色と言えど【罰の色】を討つ程度には力を宿しておったか」

 老人は感心にも聞こえる言葉を吐きながらも表情、声音には起きた事象に対しての揺らぎらしきモノが無い。

 老人にはそれが想定外の事象では無かった。ただそれだけの事である。不変の溝。ジークとアランを隔てている空隔はあまりに大きく埋まるものではない。

「しかし足掻くな。街は今大きな流れの中にある、その中ではお前でさえ小さな歯車に過ぎないのだから」

 老人が告げ、剣が構えられる。

「……? 何が言いたい」

 既に自らが知る“アラン”とは別の存在へと成り果てた老人の剣が揺らぐ。ジークの瞳が捉えていた筈の剣が見えなくなっていく・・・・・・・・・。剣はその形状を変えていき……次第にそれは認識が不可能なモザイク模様になり、大きさも形状も不明の剣であるのかさえ分からないナニカへと変質した。

 【不可知モザイク

 それが老人の有する幻想兵装の名。文字通り知る事の出来ぬモノを示す兵装は相対した者に対し不可避の恐怖を与える『冒涜テンプルクラス』の武装である。


街は廻るThe City gose aroundのだ。ジーク、我が弟子よ。かつてのお前が齎した災厄の時の様に。今やこの街はすべての中心。あの願いの塔ElEを中心に廻りはじめた。逃げ場など無い──戦え」


 異質を携えた老人が真に剣を構え、灰色の鎧を纏ったジークを見据える。


 幻想剣士アラン。


 灰色の夜ジーク。


 ここに再び灰色の夜の惨劇が再演されようとしていた。

 

 

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