city turn#3



 かつて規則があった。

 

 アイギスの名を持つ協会とその剣たる四つの色の幻想兵装使いデュナミス

 それぞれが与えられた色によって都市を維持する為の役割を持っていた。

 ──青は正義、赤は罰、黄色は法、灰色は倫理。

 中でも罰の色は最も都市で最も多くの血を流し、人々に恐れられる存在であった。人はどれだけ規則で縛り付けられようと恐ろしい罰が背を目掛け襲ってくると分かっていようとも、自らの欲望を満たそうと暴走する──罰の色はそうした規則に反した人間の下にともなくして現れ、殺す。

 アイギス協会の崩壊後も罰の色の機能だけは生きており、今でも罰の色が執行したであろう人殺しの痕が確認される事がある。


 点燈工房にてジークとアカシアは次の行動に移る為の準備をしていた。


「罰の色、つまり赤色の連中・・というのは頭がイかれてるんだ。それも頭のネジが飛んでるんじゃなく、頭の中身には歯車しかない方でな。ヤツらは正義の青よりも法の黄色よりも遥かに規則に厳しい。法こそがヤツらの思考パターンだからな」

 濃紺のローブの男から身の丈程の大剣を受け取りながら灰色の男は赤の少女アカシアに語る。だが灰色の装備に身を包んだ男ジークが胸中に抱えている緊迫感は少女に伝わらず、今の話から少女の思考を埋めて胸を満たしているのは『期待』という感情のみであった。

「赤色のエスが居たっていうあの【罰の色】と戦えるなんて……最高!」

 その見当違いな発言がよりジークに危機感を抱かせる。そこで改めてジークは少女に檄を飛ばした。

「ロクでもない事はよせ。お前みたいなど底辺の請負人が抱いて良い幻想じゃない、俺たちに出来るのは奴らの追っ手のかからないElEまで逃げ切る事だ」

 ジークの言葉は自分達の実力を真っ当に、客観的に判断した事実に他ならない。少女がどれだけ自らの力を過信しているのかをジークは知らないが、彼がこれまで見てきた少女の実力は街の中で言えば底辺クラスを抜け出ない事は間違いが無かった。

 しかし、ジークは一つ見誤った。少女の性格を。彼女が犬の様に躾けられるのを嫌い、結果として予想外の事態を引き起こす事を────


 次の瞬間、少女は赤い劔の切っ先をジークに対して向けていた。


「……何のつもりだ」

 向けられた刃に目線はよこさずにアカシアを見据えてジークは問うた。

「んー……何て言うか、この方が刺激的になると思わない?」

 その言葉をジークは即座に断じた。

「思わん。だが、今だからこそ聞こう。お前の赤色への執着は危険過ぎる──一体お前は何が目的なんだ?」 

 赤の少女アカシアには過去が無かった。詳細に言えば、都市に纏わる事と自身が都市に来る以前の大半の記憶が無い。だと言うのに少女は『赤色のエス』に対する異常な執着を持ってして街にやって来た。だが誰もその目的は知らなかった。


 ────ましてや少女自身すらも。


 ジークの問い掛けと同時に少女は赤の刃を彼の喉元目掛け穿つ。瞬時に身を捩り、ジークは小さく唇を動かす。その口元から微かに排煙が行われる。煙は静かに少女の首元に巻き付く、それは少女が次の斬撃を振るうよりも速かった。アカシアがそれに気付いた時には既に首を締め付ける感覚が起こってからだった。


「やはり、お前はお前自身のエゴを制御出来ていない。むしろソレに呑まれかけている。だから……今は眠れ」

 意志のみでアカシアの首の煙を締めて、彼女を気絶させジークは少女の体を受け止めた。

 その始終を見ていたローブの男が乾いた笑いを鳴らした。

「さてさて。時刻も差し迫ってきた事ですし元は同僚とは言え我々も罰の色に見つかりたくはありませんからね」

 少女の体を抱えながらジークはゲーブルを睨みつける。その様子を見ながらローブの奥でゲーブルは笑った。


「──では時間です」


 告げて、洋燈の灯が消える。

 ジークの視界を闇が満たし、一度の瞬きの後、そこは見慣れているはずの街外れの廃れた街道であった。いつもと違うのはそんな捨てられた場所に世捨て人以外の変わった仮面の集団が自らを取り囲んでいる事であった。

 赤と黒の戦闘服を纏った存在が【罰の色】と呼ばれる存在である事をジークは重々に理解している。


「罰の色か……たった一人相手に十二人もやって来るとはな」

 周囲を見回しその人数を確認すると、ジークは額に汗を浮かべる。脇に抱えた少女というハンデもあるがそもそもの戦闘能力に大きな差がある。それでも“奥の手”を使う判断にだけは踏み切れると思えていない。ましてこの執行者達が自分を相手にすると分かっていて何の対策をしていないとも思えなかった。


「お久しぶりで御座います【灰色の夜グレイ・ザ・ウィンター】いや、今はジークとお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 罰の色の一人が前に出てそう述べて一礼を披露する。嫌な感覚を思い出しながらジークはその一人に対し答えを返した。

「何とでも呼ぶがいい。お前らはどうせ殺しに来たんだろう? 相変わらず下らない礼儀だけは持ち合わせて常人ぶるな」

 身構えるジークと違い罰の色達は悠然と立っているのみで武器すら見せていない。明らかな余裕。それが罰の色と呼ばれる彼らは持ち合わせており、優位性を表していた。

「我々の依頼は──どうやら受けて頂け無かったようですね」

 罰の色が語り、ジークの眉がぴくりと動く。

あの依頼・・・・……お前らが出したのか」

 以前、アカシアと出会った日に入った指名依頼をジークは秘密裏に破棄していた。だがそれよりも妙に引っかかりを感じるのは今目の前に立つ一人の罰の色であった。

 正体へと至ろうと言葉を漏らす。

「お前は────まさか」

 


「アラン……なのか?」


 

 死んだはずの男の名を告げて、ジークは仮面の向こうを探るように見つめる。罰の色が仮面を外すと、その下には白い髭を蓄え、厳格さを感じさせる険しい表情の老人の顔があった。


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