city turn #2
「特殊条件分、料金は割り増しで払ってもらうぞ」
先日持ち帰った黒い液体で満たされた試験管を書類まみれのデスクの上に置いて灰色髪の男──ジークはそこに座す人間に不満気な表情で支払いを催促した。
先日の依頼で回収した黒い液体は【
かつて、発生した特級摂理災害【
幻想器と幻想兵装の違いは、それが自然発生か人為的かによって変わる。
──幻想兵装とは言わば、危険性を調整された人の為の“装備”。しかし、幻想器は人の為にあるものではなく、怪物の無垢なる魂そのものの“芸術”として扱われる。
芸術の域に達した
ジークの仕事とは、そうした悪魔的超常を狩り、回収する事が主となっている。
煙草の煙を燻らせるジークの前には黒のロングコートと内に真っ白なシャツを羽織った金髪の女性の──エレイン・エルドレッドはデスクに置かれた物を一瞥すると苛立たしげに眉をひそめ、ジークを見上げた。
「──ふん。
金髪をかき上げて咥えていた葉巻を口から離すと煙を吐きだして再び書類の山に向き合って、既にジークの訴えを聞くつもりは微塵も無いと示す。
だが、彼女に雇われている身分と言えど、報酬が正しく支払われない事だけは許せないとジークは言葉を続けた。それが彼女の逆鱗に触れる事になると分かっていながら。
「……そんな屁理屈が契約書に書いてあった覚えは無い」
「そうだそうだー」
ジークの横に置かれているソファからは、テレビゲームに興じているアカシアが便乗して抑揚の無い声音で野次を飛ばした。
そして、そうした
「やれやれ……有象無象の請負人がいい気になるなよ? 条件外とは言え、たかだか
言い切ってエレインは葉巻を灰皿に押し付けて更に舌打ちをすると、書類の山から一枚を引き抜いてデスクに叩きつける。ついでにテレビのコンセントを引っこ抜いた事で赤の少女がショック死でもしたかの様な悲鳴を上げた。
……エレインは、それきりジークと言葉を交わさずただ“行け”とだけ顎で示した。
──そうしたやり取りがあって灰色髪の男と弾丸犬の少女は帰還早々に会社を追い出される事となった。
◇◇◇
数時間後。
一枚の依頼書を手に灰色髪と赤の少女は再び街外れにある工房を訪れていた。工房に入るなり二人を迎え入れた人物は彼らを見て驚くでも喜ぶでもなくただ平坦に感想を述べた。
「おや、こんな短期間にまた顔を見れるとは思いませんでした。今回はどの様な依頼でしょうか?」
その問いに答える者は無く、傍に紫の焔を宿す洋燈をぶら下げた工房の職人ゲーブルはただフードの奥でうすら笑みを浮かべた。
その寂れた墓地の様な不気味さを放つゲーブルに対してジークは無言で先程エレインから渡された依頼書を見せつけ、その内容を見たゲーブルが乾いた笑いを発する。
「因果調査とは貴方にしては珍しい依頼だ……それも、先日の“人間戦車”の因果を探しておいでとは」
ゲーブルはそう言ったがこれもジーク個人の依頼では無く、エレインから回されただけに過ぎない事を黙ったまま、ジークはゲーブルに
「構いませんよ。面白い事になりそうですから──」
薄笑を保ったまま薄気味悪さを漂わせゲーブルは工房の奥へと消える。アカシアは緊張が解けたのか深く息を吐き出した。
「相変わらず嫌な感じがしますね、あの人」
「その感覚は間違ってない。俺たちの仕事上、関わり合いになるのは避けられないが信用だけはするなよ」
少女は苦い笑みを作ってゲーブルの消えていった先を見つめながら答える。
「そんなトコまで追い詰められなければ……多分」
二人の会話が終わると同時に前触れなく闇からゲーブルが顔だけを覗かせた。
「おや、人のいない間に何の話を?」
突如として出現したゲーブルにアカシアの身体がびくんと跳ねた。
「いや、何でもないですよ!?」
聞きながらのそりと闇から出でたゲーブルの手には数枚の書類らしきものがあった。
「そうですか。まぁそれよりもこれを見てください」
少女の嘘を興味なさげにあしらったゲーブルは書類を円テーブルの上に並べていく。
その書類の内三枚は報告書らしき文字の羅列と残りの二枚は履歴書の様な写真付きの書類であった。
それらを見て──真っ先に反応を示したのはジークであり、彼の反応はそれが良くないモノだという事を隣に立つ少女にも伝えることとなった。
「こいつは……また厄介なモンにぶつけられたな」
言いながら頰を掻いたジークに少女が質問をする。
「なんですかコレ?」
意外にもその問いに答えたのはゲーブルだった。
「コレはですねぇ、所謂“機密”ですよ」
「き、機密……?」
怯えた様子でアカシアが聞き返す。
「ええ。この街の秘密の一つ、『連盟』の報告書とコレを書いた人物の書類です」
楽しげに語るゲーブルとはよそにジークは眉を歪め、アカシアは不安げに卓上の書類見つめていた。
「どうしますか」
フードの奥から乾いた声でゲーブルが問い掛けた。未だ眉を歪めたままのジークであったが、しばらく沈黙した後ようやくその口を開き、その表情は既に覚悟を決めていた。
「……知ってしまった以上、奴らはすぐにでも来る。例えどこにいようともな──連盟の色達……この場合は“罰の色”」
「ええ、ですね。罰の色はいつだって同じ、痛い程の────“赤色”ですよ」
ゲーブルが黒い笑みと共に告げた。
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