一章 #1 〈↓THE City Turn↑〉



「アカシア! 次のエゴ収縮に合わせろッ!」

 灰色髪の男、ジークは少し離れた場所で熟れた鬼灯に似た“弾丸”を獣じみた体捌きで避ける少女に指示をとばした。

 迫る無数の鬼灯をいなした少女は息を切らした様子もなくただ無言でジークの状況だけ確認を行う。

 少女はジークに対し頷くだけすると、右手に携えた極東の剣を模した武装である“刀”で向かってくる熟れた鬼灯を裂いて“敵”に向かい前進していく、ジークもまたそれに続いて前へと踏み込んだ。

 敵は真っ赤な心臓から無尽蔵に血管を生やし、血管の先端から肉塊を打ち出す奇怪な生命体である。奇怪な生物はみな、人の幻想あるいは根源的小宇宙から生まれる。人はそうした生物をMan・Originやシンプルに化け物と呼ぶ。

 肉塊の弾丸が止み、心臓の化け物が攻撃の手を緩めたと同時にジークとアカシアは一気に怪物までの距離を詰めた。

「──来たぞ、収縮だ」

 ジークの瞳に怪物の意志が映る。


「任せて」少女が呟く。


 怪物の内に在る、“意志コア”を見定めたジークが合図を送って、アカシアが刀を振るう右手に力を込める。刀の柄に巻かれた赤き布がアカシアの意志に合わせて刀身を覆って混じり・・・、形状を変質させた。


赤布の刀サイン・オブ・レッド


 それがアカシアという少女の持つ幻想器の名である。

 纏われた布は刀と同質に、かつその刃を長大にして半月型の巨大な刀剣へと変貌し、心臓の化け物を容易く両断し盛大に血飛沫が舞った。

 ……が、少女はその手応えに違和感を感じ僅かに表情を歪める。

「浅い……?」

 疑問は警戒に変わり、アカシアはパラパラマンガの数頁が飛んだ如くの速さで怪物から離れた。

 真っ二つに裂かれた怪物からはうねる血管が地を打って激しくのたうつ。しかし、数秒が経過した所で少女の思惑通り──少女が想定した通りの最悪通りに──心臓の化け物は豹変した。

「やっぱり──!」

 アカシアは嫌な予感が当たったと焦りを感じながら更に飛び退いて奥歯を噛んだ。

 先程まで吹き荒れていた血飛沫の雨が奇妙なくらいピタリと止まる、あるいは空間が凍り付いたとも言えよう光景が数秒……次に大量の血飛沫は再び心臓の化け物に怒涛の勢いで集合しその“本性”を晒し始めた。

 黒い液体が宙に円を造って空間を穿つ。中心からは更に黒い液体が奔流を成して溢れ出す。奔流は徐々に新たな形を成そうと一ヶ所に留まって激しく水音を立てていた。


 目の前に現れた黒い間欠泉を前にジーク、アカシアの二人はこの事態をどう解決するか相談を始めた。

「うっわぁ……どうします先輩? 多分だけどアレ、危殆ぶらっくクラスはありますよ」

 周囲に伝播する歪な感情の波を感じながらアカシアは上司であるジークの意見を求めてみたが、当のジークはうんざりした表情で、目の前の異形を見据えながら危機感の無いことばかりを吐き出していた。

「これだからElEエルで仕事したく無かったんだ。あんなのがうじゃうじゃといるみたいだからな、命が幾つあっても足りない──くそ、帰ったらエレインのコレクションを売り払ってでも金を巻き上げてやる」

「いやいやぼやいてる暇ないですよって! ってか帰れるかどうかも分かんないですって!」

「あー五月蝿い。次の手を幾つか考えてる最中だ。アイツが動き出したらお前、俺がよしと言うまで少し時間を稼げ」

「あーもー分かりましたから! はやくしないとあいつホントに完全態になっちゃいますよ!?」

 喚くアカシアと対照的に顎に手を当て考え込むジーク。だが時を待たずして心臓の怪物──は自らのエゴを“夢”として現実への顕現を果たそうとしていた。それは即ち“完全態”と言われるM・Oバケモノの行き着く果てであり、理想の体現である。そうなったM・Oと対峙して生き延びた者は数えるほどしか存在していない。無論、数刻先の未来で“最悪”と対峙するこの二人も、例外なく生き延びる事の出来なかった側に分類されるだろう。

「あああああ!! 早く早く速く早くはやくはやく!!」

 アカシアがジークの肩を揺らし絶叫する。既に黒い間欠泉は新たなシルエットを完成させようとしている──否、完成した。

 瞬間、黒い影がアカシアに伸びて少女の目玉を狙った。

「うッッ!? ──くッ!」

細長く伸びた硬質の槍、それは漆黒の骨だった。ぷん、という音と共に再度鋭く尖った槍が少女目掛けて飛来する。その度、アカシアは凄まじい反射速度でソレを叩き落とす。

 骨は更に発射間隔を縮めていき次第にソレはマシンガンじみた連射速度でアカシアに襲いかかった。

「うぐぐぐ──!!」

 アカシアの苦悶の表情に汗が伝う。しかしそれを拭う事は不可。一瞬でも手を止めれば串刺しになる黒槍の群れを、アカシアは刀一つだけで落とし続けていた。少女もまた怪物に比肩する存在である事を示す。

 けれどそれも永遠では無い。状況の優劣は明らかであり、覆す事が出来なければ一方的に嬲られるのみ。既に限界が見えたのか少女は叫んだ。

「なんか手は思いつきましたッ!?」

 手は止めずに後方にいるジークに向かってアカシアは尋ねた。彼女の状況的に言えば聞くというよりも『はやくなんとかしてくれ』という希望を求める意味合いが強い。二人の命は瓦礫の塔の天辺テッペンで揺らいでいるに等しい。黒い骨がアカシアの頰掠めた、それが何よりの証であった。彼女が限界を迎える刹那、希望は成る。


「よし。後は任せろ」

 

 何よりも待っていた言葉に安堵してアカシアは再度力を振るう。全霊を込めた一撃を振るって骨の群れを一薙ぎで全てを打ちはらい数秒の時間を生み出す。その僅か数秒の時間、ジークが何を行おうとしているのか説明も受けていない彼女が何のために行動したのか。圧縮された死と生を巡る時間と空間の中で、答を持つ灰色の男はつまらなそうに煙草タバコを咥え“死”の前に立っていた。


「【朽ちた思念の灰グレイ・ザ・ウィンター】」


 ジークの呟きと共に煙草の煙が一瞬にして空間を満たす。同時にそれまで無尽とも思える黒槍は突如速度を失って墜落する。そうしてようやくジークは骨を打ち出していた存在を目で認識する事を果たし冷笑した。


「気色の悪い武器すがただな。そんなザマになってまでオマエは何を殺したかったんだ?」


 半分を切り取られた頭蓋から二本の巨大な腕が生え、脳のあるべき場所には機械的な管の生えた心臓があり、口からは長大なガトリングの砲身が伸び、血走った目玉が二つともジークを見つめていた。

 戦車人間ではなく、人間戦車──は状況の変化を理解し両の掌で歩行を始める。ぺたぺたべたと歩行から走行に切り替わった人間戦車は効力を失った骨の大砲は使わずにジークとの距離を詰めた。

「成る程、直に殺ろうってことか」

 人間戦車の右腕が拳をつくって電磁砲レールガンの如き正拳ストレートが空気を焼きながらジークに迫った。

 ジークの視界を埋める程に巨大な拳はおよそ凡ゆる生物を砕く威力を持つ、さながら地上から放たれた隕石メテオ・インパクトと言えよう。

 それが今、無情に裂け、ただの肉塊と化した。濡れ雑巾が叩きつけられた様な音がして、人間戦車はバランスを失って崩れ落ちていた。

「悪いが、お前に勝ち目は無い。この空間において俺以外の幻想は力を失う──だから」

 ジークは粗雑な鉈を人間戦車に対し振り上げる。


「簡単に殺せる」


 振り下ろされた鉈を最後に人間戦車は断末魔の代替として形を失って元の形・・・を現す。焦茶の軍服を纏った男性の死体として。


「やはり軍人か。戦闘都市から流れ着いたのか──?」

 ジークは死体に触れながら懐から取り出した真っ黒な試験管の蓋を開き、死体から流れ出る黒い液体を満たした。

「先輩、終わったみたいですね……」

 疲れ切ったアカシアが表情でもう働きたくないとジークに訴えかける。

「ああ。依頼の検体サンプルも回収したしとっとと帰るぞ」

 ジークは煙草を地面に投げ捨て靴で揉み消して歩き出した。


 

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