Advanced ElE↓
「ElEに潜るにはいくつかの道具が必要になる。お前……アカシアって言ったか。その道具がなんなのか知ってるか?」
「そんなの、身を守り敵を殺す道具────幻想兵装一択じゃないですか!」
「馬鹿が。死にたいなら早くそう言え。この場で惨たらしく殺してやる」
「えぇ!? 死にたくないですよ!!」
「なら覚えておけ。最も重要なのは〈
「なるほど……ちなみにそのリングってどこで手に入るんですか?」
「こんな無知で馬鹿なヤツの面倒を見なきゃならないなんてな……“ここ”だ」
そこでジークはとある建物を指差して立ち止まる。“街”のどこにでもある様な灰色の朽ちかけたビルに一つだけネオンの灯を宿したランプがぶら下がり、その下には小さな木製の看板が備え付けられていた。
「なになに……? 点燈、工房……??」
「リングはここで造ってもらって漸く手に入る代物だ。多少代金は掛かるが、今回だけは俺が出してやる」
「太っ腹ァーー! ジークさんって今時珍しい人ですよね! 色々と!」
「ついでだ、要らない口と脳味噌も機械化してもらうとしよう」
「わーーッ嘘嘘! ウソです!!」
「
「冗談なのか本気なのかわかんないんですよ、まったくもう……アタシたちまだそんな間柄じゃないですかぁ〜」
「俺は嘘は嫌いだ。吐くのも吐かれるのもな」
「ホントかなぁ〜……」
エレベーターの無いビル、埃にまみれた薄暗い階段を二人は昇る。そして彼らの前に現れたのは、朽ちかけたビルの中にあるには異様過ぎる厳重さを醸し出す鋼鉄の扉。扉には至る所に奇妙なパーツが付いており、どれもが不用意に触る事を避けさせている。ましてそれが装飾じみて悪趣味な扉を作り上げているが故に不気味だった。
「なんだか、凄い扉ですねコレ……」
「こんなのは序の口だ。この扉から先はElEに乗り込むのと大差無いくらいには異常な場所だからな。だからと言って────」
ジークの眼差しがキツくなり、扉の取手に伸びていたアカシアの腕を制止した。
「そんな場所が街の中にあっていいんですかね……」
恐る恐る腕を引きながらアカシアは率直な疑問を述べて苦笑いした。
「同感だな。とは言えこの街にまでComの手が伸びて来ないのは点燈の連中のお陰でもある。あのイカれた組織でさえ手を出す事が出来ずに指を咥えて見てるだけ……一個の企業相手に普通なら有り得ない抑制を掛けられてるのは、この街にいる人間の八割が点燈の兵隊みたいなものだからだ。Comと言えど、幻想器やら幻想兵装やらで武装した何千人と戦うだなんて想像したくもないだろうからな。要するに、秩序は混沌から生まれるモノで、俺達に出来るのはそれを受け入れて従って慎ましく生きることだけだ」
「ふぅん……なんかよく分かんないです。ところで、ジークさんってネクラって言われませんか?」
「余計なお世話だ」
ジークが眉間に皺を寄せた矢先、二人の前の扉から唸る様な音が発せられ。
「勝手に開いた……?」
「いちいち出迎えなんか寄越す訳ないだろ。こっちは企業の使いでも、
「これ、入っていいんですかね? 中の方真っ暗っていうか真っ黒なんですけど」
「次元系統の技術の一つらしい。おかげで今の建築様式はめちゃくちゃだ」
「あー、それってあの〈螺旋街〉とかもそうでしたよね。ってか、コレ入っても死なないですよね?」
「ああ。だから早く入れ」
「こ、殺すつもりじゃないですよね……?」
「はぁ……、馬鹿なこと言ってないで行け!」
ジークの足底がアカシアの臀部を軽く蹴って黒へと押し込む。
「ちょちょちょ────!!」
バランスを崩したまま黒に飲み込まれた彼女の後に続いてジークも黒を通過し、すぐ足元で情けなく倒れているアカシアを見下ろした。
「うぅん……」
「さっさと立て、また妙なアダ名が付くぞ」
言われてアカシアはさっと立ち上がり周囲を確認する仕草で頭をぶんぶんと動かした。
「ここは!?」
「もう工房の中だ。あまり騒ぐなよ、ここの連中は元気の良い阿保が大好きだからな」
「へ、へぇ〜」
なんとなく言葉の裏の意味を察したアカシアの顔が青褪める中、二人に近付いてきた存在が一つ。
点燈派の象徴である傘のついたキャンドルランプとその内に収められた紫のネオン……それを前にしてジークは嫌悪の表情を浮かべる。
「よりにもよってお前か、ゲーブル」
ジークによってゲーブルと呼ばれた存在は黒髪に蒼白の痩せこけたローブ姿をしており、その風貌は彼が点燈の職人という事を悠然と物語っていた。
ゲーブルは目の前で嫌悪を向けられていても、それを嘲笑うかのように薄ら笑いで二人の前に立ち一礼をすると笑みを強めた。
「ソレ、
「ええ。いい色でしょう。おかげさまで工房はいつになく繁盛していますよ」
「悪趣味な色だ」
そう吐き捨てたジークがすぐに本題を持ち出す。
「まぁいい、依頼だ。二、三日中にコイツに保存環を用意してくれ。代金は俺が支払う」
隣に立つアカシアを親指で示して言葉を切る。告げられたゲーブルは既にアカシアの品定めに入っており、ジークの言葉を聞いていたのかどうかも怪しい所だった。
「この少女をどこで?」
「知らん。押し付けられただけだ」
「ほぉぉ……!」
ゲーブルの顔が歓喜に染まり、対照的にジークの表情が曇っていく。
「なんなのこの人ぉ……」
アカシアが泣き出しそうな顔でジークを見つめていた。
「全く、嫌になるな」
ジークが懐から煙草を取り出し火を点けようとした所でゲーブルが声をあげた。
「素晴らしいィッ!!」
「ひえっ!?」
そこにアカシアも悲鳴をあげ、ライターを手にしていたジークの手が止まった。
「素晴らしい肉体だァあぁぁ!!!」
「ちょちょちょっと────!?!?」
ゲーブルは歓喜に打ち震え、わしゃわしゃと自らの頭を掻きむしり、アカシアのマントを捲りあげ鼻息を荒くしていた…………見かねたジークがそれを制止する。
「そのイカれた演出をやめろ。ただの変態に
しか見えない」
「ふぅふぅッ……はぁはぁ……!」
「なんなんでふかぁ……この人おぉ……」
半べそ状態のアカシアがジークの背後に隠れ完全に怯えきっていた。
「説明を要求する」
「……おっと、失礼した」
ゲーブルは言って興奮状態から冷静になるまでに一秒と要さず完全に切り替えて薄ら笑いを消すと、先程までの狂人のイメージすらアカシアの脳内から追い出された。
「単刀直入にキミの欲しい情報だけを伝えよう」
静かに言ってゲーブルはキャンドルランプ作業机の上に置き、辺りに紫のネオン光を撒き散らす。
その仕草を追っていたジークが溜息を吐く。
「はぁ、とりあえず聞かせろ」
「……アタシも聞く」
ジークの返事と共にアカシアも真剣な表情で頷く。
「この少女に
「……問題? それはなんだ?」
「私が凡ゆる存在のイドとエゴを観る事が出来るのは知っているだろう?」
「ああ」
「それで観たところ、彼女自身のイドはそれ程でもないがエゴの内臓量が多くの人間が持つエゴの比では無い。目測だが、従来の人間の数十……いや、百倍はあるかもしれん。そんなのは到底人間が持っていてはならん量だ。改めて聞くが、その少女────
いつの間にか、ゲーブルの興奮は疑念に変わり始めていた。薄笑いが消え、彼本来の部分が表出し、アカシアという存在を見定めようとしている。
「答えろ」
ジークが冷淡に言うとアカシアの肩が跳ねた。
「やだなぁ、そんな怪物みたく扱ってくれちゃって……」
アカシアはへらへらと笑ってみせたが、瞳は真っ直ぐジークもゲーブルを見据えてはおらず到底その動揺は隠せてはいなかった。
「
ゲーブルの中では既にアカシアは人間ではないナニカとして認識されてしまっていた。
しかし、ジークがその問いに答えられる程彼女について何かを知っている訳ではない以上、ゲーブルの問いはアカシア本人へと向けられる。
「キミはどこから来た。いや……どこで生まれた? 果たしてその記憶があるのか」
「そんな事言われても、元々記憶喪失があって……でも、あ────」
そこで彼女自身も自らの不鮮明さを強烈に思い知ったのか言葉に詰まった。
彼女が記憶喪失だという事をジークは初めて耳にしたが、ゲーブルの話も相まってそれはすんなりと頭に入ってきていた。
ゲーブルは彼女の不鮮明さを鮮明にしようと更に彼女を揺さぶる。彼女にとって痛烈な一撃となるであろう言葉で。
「人としての始まりを持たぬキミには元から喪う記憶など有りはしなかったのだ」
「う、嘘だ……! だって、だってアタシは────」
「
言われてアカシアは顔面を先刻扉に触れようとした時とは比にならないほど蒼白に染めていた。彼女は自らの記憶をどれだけ辿ってもゲーブルの言う通り
ジークにはアカシアのその表情ほど事実を物語るモノはないだろうと彼女の歪さを哀れみながら、二人のやり取りを静かに見守る事にした。
それでも、ゲーブルの問いは続いた。
「さぁ答えてみたまえ。キミはどこから生まれ、何を目的にここまで来たのか」
「アタシ、は……」
言葉こそ発してはいるが、それは既に誰に向けられたものでもなく、ただただ自らの記憶にある事を垂れ流しているだけ。
「本質を想起するのだ」
疑念をぶつけるゲーブルと大量の汗を垂らし震えるアカシア。
「中央街で、奴隷で……」
少女がぼそぼそと自らの過去を語る。
「それが一番古い記憶か。なるほど、奴隷だったか。理不尽を受け続ければ反転の原因ともなり得るな。次は?」
壊れかけた彼女の言葉をゲーブルは淡々と考察していく。
「空が、おかしくなって……その時そこから逃げ出したんだ……」
「ほう。それは二年前か?」
「わか、らない……」
「では中央にいるより以前はどうしていた」
「わ、からない……でも、借金があって……毎日怪物と戦わされてた……」
「……原因が非常に曖昧だな。怪物と戦う能力が有るのでは境遇が原因では無くなってしまう。目的から絞る……そうだな。では、目的はなんだ?」
僅かに戸惑いを見せたが、ゲーブルはすぐさま切り替えて次の質問をした。しかし、それが更にゲーブルを困惑させた。
「────アタシの目的は赤色に会うこと」
アカシアはそれを告げる時だけハッキリと述べ、その前まで見せていた狼狽は消え失せ落ち着き払っていた。
今度はゲーブルが落ち着きを失いかけ、頭をかき乱す。
「まるで意味が不明だ! これは本当の事なのか!?」
そこでゲーブルは漸くジークに対して意識を向け、真偽を問うた。
「そう言えばそんな事言ってたな。赤色を超えるだとか赤色がうんたら……ってな」
それはたしかにジークの記憶にある彼女の言葉であるが、ジークはそこに自らの考えを含まないで告げた。
故に多少ではあるが、ゲーブルの考察を乱す役割を果たすことが出来ている。
ゲーブルが本気で彼女を怪物として落とし込む前にジークが先に動く事を決めた。
「そろそろ悪趣味な幻想器の電源を落としたらどうだ? どうにもコイツは単なる怪物って訳じゃなさそうだしな。それに本当に記憶喪失だとしたら、お前の問いに答えられる訳が無い。
ジークが言い放った言葉はゲーブルが初めからアカシアを怪物に落としこもうとしていたのだとと告げている。
ゲーブル自身、ここが引き際だと見定め大人しくジークの言う通りにした。
「……仕方あるまい。今回は諦めるとしよう」
静かに呟き、ゲーブルが指を鳴らす。ばちん、という音が鳴り響き紫のネオンが灯りを落とす。次いで工房の一室を満たしていた窮屈な空気が一斉に消え去り空間が正常に戻る感覚をジークは感じた。
ネオンのランプ。他者の精神を燃料に燃える
「あれ? ん?」
蒼白になっていたアカシアも我に返り今まで自分が何をしていたのか分からないという奇妙な感覚に戸惑っていた。
「どこまで覚えている?」
うーん、と首を傾げているアカシアにジークが問いかける。
「確か……リングが要らないって言われたところまで?」
「まぁそんな所か。一つアドバイスをするなら『折れるな。どんな境遇にあろうと、間違ったとしても自分を折るような事だけはするな』」
「なんですソレ?」
審問官に入り込まれていたアカシアには何のことか分からずとも、ジークはそこに「覚えておけ」とだけ付け加えるだけだった。
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