Advanced ElE↑



 回想都市ElEの外縁に築かれた都市〈アウターズリム〉

 深淵以降、自由意思を失った人々が創り上げてきた仮初めの秩序機構が三年前の企業戦争によって崩壊した結果、正真正銘の無秩序が地上には降臨した。

 アウターズリムもそうした恩恵の一つであり、ElEに挑む者達が築いた破落戸ならずもの達の街である。

 ここもまた酷い治安だが、他の土地に比べて辛うじて平和を維持している。それに貢献しているのはかつての〈アイギス協会〉から分裂した幾つかの派閥がElEに挑む者達の管理をしている事に起因している。

 主に人々の管理に携わっているのは〈カイト派〉と呼ばれる『自由』を売りにしている事務所の存在である。そこでは簡単に身分が手に入り、外部から回される依頼を斡旋して貰う事が出来る。

 また〈点燈ランプ派〉という『技術』を売り物にしている者達がカイト派と提携しており、開拓者エンゲージド幻想兵装使いデュナミスの両方を相手に商売をしている。

 この両派の存在が街に歪な秩序を構築していた。


 そのカイト派の事務所には日々様々な開拓者と幻想兵装使いが通う。常として同じ顔を見る事は稀だが、ここには一人だけ誰からも知られる二つ名を持った少女が居る。

 赤髪に赤いマントを羽織った『弾丸犬バレット・ドッグ』の異名を持つ少女。

 その少女は今もまた甲高い声を上げて喚き立てていた。


「ねぇねぇねぇねぇッ! アタシと組んでElEに潜ってくんないかな!?」

 事務所の集会スペースに座る数人の男に対し、少女は男達のテーブルに身を乗り出し、彼らの前に置かれていた食事を跳ね飛ばす。

 少女の振る舞いは男達の逆鱗に触れてもおかしくはなかったが、あまりにも唐突な少女の言動と行動に男達の思考は停止していた。

 しかし、一人の男が我に返り少女に対し声を荒げた。

「てめぇ、喧嘩売ってんのか!」

 至極当然の怒り。これから胃袋に収めるハズだった物を卓上から弾き出されあまつさえ台無しにされたのだ。男は背後の壁に立て掛けていた剣を掴み、少女に向けた。


「喧嘩なんて売ってないよ、アタシはただパートナーが欲しいだけ。こう見えて強いんだからね、アタシ! あの赤色のエスロット・ジ・エスティバレスと並ぶくらいにね!」

 少女はそう言って平らな胸を張って誇らしげに叩いた。

 その言葉を聞いて男達は再び静止する。彼らの顔は『信じられないモノに出会った』と明確に表しており、少女はその反応を見て更に言葉を続けた。

「ねぇ、組む気になった? それとも実力が気になっちゃう? それなら実際にElEに潜った時に見せて────」

 少女の言葉に差し込む形で少女の耳を打つ嘲笑が周囲から爆発した。

「ははははッッ! コイツが『犬』って呼ばれてる理由がよく分かったぜ!」

「い、犬……?」

 少女は言われた事がピンと来ずに首を傾げた。そんな少女に対し、男の一人が親切に教示する。

「お前がこの辺でなんて呼ばれてんのか知ってるか? 『弾丸犬バレット・ドッグ』だよ! 大した実力も無ェくせに勝手に危険に突っ込んでくイカレたガキだってな!」

 言って男は再び笑う。少女は絶える事のない周囲の笑い声に耐えかねて声を上げた。

「アタシは犬なんかじゃないッ! それにアタシが先行してるんじゃなく、周りが怖気付いてるだけでしょ!」

 少女が荒ぶるのと対照に男達は笑う事すらやめて静かに告げる。

「いいか、教えてやる。てめぇみたいな考え無しはリスクにしかならねぇんだよ。組むにしたってお前に務まるのは『一発の弾丸』程度だ。何の役にも立ちやしねぇ」

「馬鹿にして───!」

 少女がマントを翻し刀を抜こうとした瞬間、男達はそれよりも速く銃を構えていた。

 男達の構えているのらスクトゥム派から流れてきた〈白の騎士の弓ドミネイト〉と呼ばれる自動小銃の人造幻想アーティファクトであり、到底少女がその小銃の火よりも速く抜刀する事など叶うはずもなかった。


「これで分かったな。赤色せきしょくと並ぶなら今の一瞬で俺らを細切れにするくらい簡単にやってのけたハズだぜ」

 銃口を向けられ動けずにいる少女を男は笑った。所詮は子どもだと、何も出来ない無力な存在だと。

「────っ」

 対して少女は拳を握りしめ、唇を噛んで悔しさを呑むことしか出来なかった。

 すっかり黙り込んでしまった少女を見て男は嗜虐心を煽られたのか更に罵倒の言葉を吐いた。

「犬ならよぉ、芸の一つでも覚えて可愛がってもらう方がよっぽど賢いと思うぜぇ。街の────」

 娼婦どもみたいにな、と言おうとした男だったが不意に妙な感覚に襲われ言葉を失う。

 身体が宙に浮いたみたいに軽くなり、視界が反転している。

 何が起きたのかも理解出来ないまま迫る床に対して受け身も取れず顔面から落ちた。

 起こったことに対して驚愕しているのは何もその男だけでなく、周囲の人々もまた驚き言葉を紡げず、男の前に立っていた少女も同様であった。


「いい大人が子ども相手に何やってんだ」

 男達の背後、少女の視界からは見えぬ位置で呆れた口調の男の声が静かな事務所内に響いた。

 仲間の一人を放り投げられた男達は唐突に背後に現れた存在に対し、瞬時に〈白の騎士の弓〉の銃口を向けた。

 ────しかし、そこに男の姿はなく、否。

 男達の視界は既に外されており、見えるのは先程の男と同様、迫る床のみ。銃を構えているせいで受け身は取れず、無様に床に体を打ち付けて呻き声を上げた。

 容易く男達を痛めつけた存在は少女を無視して灰色の頭の後頭部を掻きながら受付の方へと向かっていく。

「ここいらの治安も限界に思えるが、アンタら元協会の人間は何にも思わないのか?」

 灰色頭の男は受付カウンターに体重を預け、目の前の制服に身を包んだ黒髪の若い女に語りかけていた。

「全く何も。私達が扱っているのは『自由』ですから。それより………後ろ危ないですよ?」

 淡白に危険を告げる女の言葉が吐かれると同時に灰色頭の男は背後に迫っていた剣の軌道を読んで身体を反らせて回避したが身体はゆっくりと床に向かって落ちていく。

「なにっ!? だが────」

 驚愕の声を漏らした男が追撃を喰らわせようと剣を振り上げた様を見据えながら灰色頭の男は倒れる力を利用して足を振り上げて男の顎を打ち貫いて再び正常な立ち姿に戻った。

「見事な体術です。怪物相手には何の意味もありませんが」

 受付の女が微笑した。

「余計なお世話だ」

 燻んだ灰色の外套をはたきながら灰色頭の男は受付の女に向き直った。

「依頼を受けに来たんだ、下らないイザコザに巻き込まれに来たわけじゃない」

 灰色頭の男は後頭部を掻いて溜息を吐いた。

「そうでしたか。私にはご自身で招いていた様に見えましたが」

「冗談言え。寄ってたかってガキを苛めてる空間を仕事場だと思いたくなかっただけだ」

「無駄な良心ですね。いえ何の救いにもならない点で言えばよりタチが悪いと言えましょうか」

 受付の女は灰色頭の背後で未だ立ちすくむ少女を見据えて言った。

「そんな事は俺には関係ない。俺は俺の為にやっただけだ、俺の平穏の為にな」

 灰色頭の男も少女の様子をちらりと見て、受付に向き直ると本題に移った。

「それよりも、デカい依頼が来てるだろ。俺宛の」

 受付の女は微笑して、一枚の210×297mの紙を取り出し灰色頭の男の前に提示した。

「ええ、勿論来ています。スヴァリン派のアラン様から」

 差し出された紙を持ち上げ、灰色頭の男は内容に目を通してすぐに反応を示した。

 不機嫌に歪んだ眉から内容が窺い知れる。

「あのアランが逝ったのか……」

 呟いて灰色頭の男は受付の女に告げた。

依頼コイツは俺が引き継ぐ。アランには借りがあるからな、手配しておいてくれ」

 女の視線が右下に動いたが、灰色頭の男はそれを気にせず女の答えを待った。

「確かに受理しました。それにしても、『赤色』の捜索とは奇妙な事もあったものです」

 女は笑いながら書類に印を押した。

「おい、依頼の内容を口にするんじゃない。誰が聞いてるか分かったもんじゃ────」

「ねぇねぇねぇねぇねぇッッ!!!」

 甲高い声が灰色頭の男の横から炸裂し、あまりの喧しさに灰色頭の男は耳を塞いで声のする左下へと目を向けた。

 そこには先程笑い者にされていた赤い少女が目を輝かせ灰色頭の男を見上げていた。

「赤色ってあの赤色!?」

 少女からは先程までの惨めな様子が消え失せ、無邪気に灰色頭の男を見つめていたが、灰色頭の男はその少女を無視して受付の女を睨みつけた。

「故意だな。故意なんだな?」

「恋? 生憎、そういったモノに興味はありません」

「わざとやったのかって聞いてるんだ」

「いいえ」

 それが嘘だというのはあからさまだった。

「何が目的だ」

「目的? それは勘違いですよ。貴方には責任を取って頂きたいだけです」

「……責任だと? 何に対しての責任だ」

 女の思考が読めず灰色頭の男はここに来て初めて戸惑いを見せた。

 それでも受付の女は構わずに話を進める。

「貴方が気まぐれで助け船を出してしまった、その少女。はっきり申し上げると運営の邪魔でして。先程の男達の手で死ぬか、身体を売って暮らして頂きたかったんです」

 淡々と述べる受付の女に、灰色頭の男は何が言いたいのか分かり、表情を歪めた。

「だから俺にコイツの面倒を見ろって事か」

「ええ」

 女はそれ以上語ることはないと黙り込み、灰色頭の男の傍では未だに少女が目を輝かせていた。

 少女には先程の女の言葉が聞こえている様子もなく、ただひたすらに灰色頭の男に問いをぶつけてきていた。

「ねぇねぇ赤色は今どこにいるの!?」

 灰色頭の男は少女に視線を向け、目を輝かせる少女の首元を掴んで、事務所の外へと放り投げた。


「いったぁ!!」

 衝撃で我に返った少女は臀部をさすりながら目の前に立つ灰色の男を見上げた。

 事務所の入り口付近に寄りかかり、煙草に火をつけた男はハイライトのない燻んだ瞳で少女を見下ろしながら煙を吐いた。

「お前、名前はなんて言うんだ」

 少女は予想外に放たれた問いかけに目を丸くしたが、すぐに表情を明るくした。

「アカシア・スレイヴハウンド、赤色を超えるのがアタシの目標ですッ!」

 姿勢良く言い放った少女を灰色頭の男は乾いた瞳で見据え、溜息を吐くと自らも名乗った。


「ジーク・ウィンター。お前にとっては訳が分からないだろうがしばらくお前の面倒を見てやるつもりだ。まぁ依頼がある以上、鍛えるのはElEの中でだがな」

 灰色頭の男────ジークは言って煙草を吐き捨てた。

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