第2章 第4話 悪魔の運命の歯車を回す天使
オレンジ色の夕日の光を浴びて、ベビーカーを押した若いお母さんが私の前を通り過ぎて行く。
ベージュのオーバーオールの下にピンクのニット。見るからに幸せそうなセレブな奥様。
私は、モグモグしながらそれに見とれていた。
でも、あの中の赤ちゃん、この人の子供なのかな。
私は、何時も幸せそうなファミリーを見ると、ついこんなことを呟いてしまう。
やっぱり私は、普通ではない特殊な人間だ。
最後までとって置いた大好きな出し巻きを食べ終わった時には、もうそのオレンジの日の光は弱くなり始めていた。
ふぅー 食った、食った。
相変わらず、セミは私の背後の木の影で鳴いていた。
いる、いる。
ゴミをコンビニ袋に詰めている私の背中は、暖かい夏の温度を感じていた。
うぃー。
私は、立ち上がって両手を真上に突き出して背筋を伸ばした。
空を見上げたら白い雲のスクリーンにオレンジ色の夕日が反射していた。
気持ちいいー。
後ろからも気持よさそうな吐息がした。
やっぱ姉妹だね。
ふと、スマホに目を落とすともう5時を回っていた。
もう、5時。
思わず振り返るとまだエルは背伸びをしたままだった。
今のうち、今のうち。
意地悪な私は、エルに気づかれないように忍者の如く音を立てずに公園を出た。
道路に出てもまだセミは公園の中で鳴いていた。
もう、公園出たよ。気づいてよ。
私の足は無意識にその回転を落とし始めていた。
と、セミの声が近づいて来た。
来た。来た。
エルがついて来ていることに安心した私は、街灯の灯りがぽつりぽつりと灯った駅へと続く夕暮れの並木道を足早に歩いた。
と、今度はセミの声が遠ざかって行った。
えっ!? どうしたの? ちょっと歩くの早かった?
また私は、足の回転を落とした。
足 怪我でもしてる? ゴメンね。
帰宅ラッシュが始まった人混みの駅。
あの時、エルが乗るはずだった電車が行って、もう、どれぐらいの時間が過ぎただろう。
エル、どこに、行くつもりだったの?
天国? それとも地獄? まだ、私は、そのどちらも行きたくないよ。いったい私達は、どこに行くんだろうね。
私はICカードをかざして改札を通り抜けた。
と、後ろのエルは戸惑った様子だった。
ゴメン。これ持ってなかったんだっけ。
私は柱の陰からエルが切符を買う様子を見つめていた。
お互いストーカーだね。
切符を買っているエルからは、相変わらずセミの声がしていた。
そっか、これを頼りにしたらエルとはぐれることは、ないのかな。
もしかして、このセミの声、私からも出てるのかな?
ふと、そう思った私は、エルが改札を通り抜けたのを見届けたて、ホームへと続く階段を駆け上がった。
セミの声はついて来た。
やっぱり、私からも出てるんだ。
ホームに上がるとタイミングよく電車の強く光ったヘッドライトが近づいて来た。
エル、これ乗るよ!
私は、人に押されながらその電車に乗った。
エル、乗った?
セミは後ろのドアの方で鳴いていた。
夕方の混んでる車内。駅に止まる度に私は隅に押し込まれて行く。
新宿で降りたいのになぁー、この状態で降りられる?
新宿に着くと後ろからの強い力で押されて電車から放り出された。
何だ、みんな、ここで降りるのかぁー 降りるんだったら、降りるって先に言ってよ! もう!
ほっとした私の耳にセミの声が飛び込んで来た。
鳴いた方を見ると、グレージュのミディアムヘヤーが人混みの中で見え隠れいている。
私達は、何かで繋がっている。その時、私は、そう確信した。
でも、その何かってなんだろう? あのセミの声って、いったい何?
エル、乗り換えるよ?
また、私は満員の電車に飛び乗った。
と、セミの声が聞こえなくなった。
慌てて車内を見渡しても、あの愛しいグレージュのミディアムヘヤーはどこにもなかった。
えっ!? 乗れなかったの? あー せっかく会えたのになぁー もう!
そう思うと哀しみがこみ上げて来て目頭が熱くなった。
私の頬を一粒の涙が零れ落ちた。
えっ!?
父が死んだ時にでさえ涙が出なかった私にとってそれは不思議な感覚だった。
何で、泣いたんだろう。
仕方なく私は、目的地の渋谷で降りた。
強いショックで周りが見えなくなっていた私は人混みの階段を降りていた。
あっ!
地上まで後2段と言うところで、階段を踏み外して転んでしまった。
私にとってそれは日常茶飯事。
子供の頃から私は、何でもなところでもよく転ぶ。
それは、まるで私の人生そのものだ。
アイタタタタ。
腰に手を当てて小さな声で痛みをアピールしたところで誰も振り返りはしてくれなかった。
学校でイジメられた時も、公衆の面前で養母から叩かれた時も誰も助けてはくれなかった。
基本、人は、残酷な生き物だ。
そんな事考えていた私の耳に、また、セミの声が飛び込んで来た。
えっ!?
中学3年の時、いじめっ子に公園の公衆トイレに監禁された時、臭い個室の中で読んだ本にこんなことが書いてあった。
悪いことが続く時は、良いことが起こる前兆と。
でも、その後は水を掛けられて髪の毛を切られた。
その時、私は、その作者を恨んでその本を学校の焼却炉で燃やしてしまった。
エル? エル? エルなの!
やっと、あの本の通り、良いことが起こってくれたようだった。
燃やしてごめんなさい。
その本には、こんなことも書いてあった。
人生で起こることには意味がある。
それは「気づきなさい」という神様からのメッセージ。
エル、あなたは私の運命の人なの?
そう気づき始めた私の運命の歯車をエルが回しかけていた。
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