第2章 第3話 天使の叫び

突然、エルが振り向いた。

思わず私は、顔を背けて柱の陰に身を隠した。

えっ!?

エルは、誰かを探しているのか辺りを見回しながらセミの声とともに近づいて来た。

もしかして、私? まさか。

私は、エルに見つからないように、柱と人影に隠れながら駅を出た。

と、お腹が鳴った。

グー。

意識には関係なくエネルギーが無くなると脳が胃袋に信号を送っていた。

取り合えず私は、命を維持する為にコンビニに向かうことにした。


私は、レストランや牛丼屋やカフェでさえも一人で入る勇気がない。

それは、両親も兄弟も友達も彼氏もいない一人ぼっちの私にとって、大変に不自由な性格だった。

なので、私の主食は陰に隠れて人目を気にしないでコソコソと食べることが出来るコンビニ弁当となっていた。


陽の傾きは長くなり帰宅ラッシュが始まりかけていた駅前の人混みを掻き分けながらコンビニへと歩く私の背後でセミが鳴き続けていた。

まさか、これエルが出してる信号かな? 

と、横断歩道の信号が赤に変わった。

もう! 見つかっちゃうよ!

また、思わず私は、隣のスーツ姿のおじさんの陰に隠れた。

おじさんは私を見て微笑んだ。

いやいや、それ勘違いだから。

でも、セミも私に見つからないようにしていのか、私に近づこうとはしなかった。

信号が青に変わった。

おじさんは速足で離れて行く私を見て悲しそうな顔をしていた。

それ、おじさんの勝手な勘違いだから。

私を捕まえようとはしないセミに少し安心した私の目の前に、やっとコンビニが見えて来た。

もしかして、これ入っちゃったら袋のネズミ状態?

グー。

今度は、隣で歩いていた男子高校生にも聞こえるほどの大きな音でお腹が鳴った。

いよいよ、エンスト寸前のようだ。

まあ、仕方がないっか!

私はコンビニに飛び込んだ。

幸い店内は、帰宅ラッシュのせいもあって人で混んでいたしラックで出来た死角もあった。

間もなく店内にもセミの声が響き出した。

でも、どうやら、そこにいるお客さんにも店員さんにもそのセミの声は聞こえないようだ。

それは、エルが私だけに送っているテレパーシーのように感じた。

お弁当コーナーの前に立っている私を、セミはパンのラック隠れて見ていた。

エル? エルだよね?

その時、何を食べようとどうでもよくなっていた私は、無意識に片っ端からお弁当を手に取りながら心の中でそう問いかけた。

レジに並んだ時に手に持っていたものは、のり弁とコーラ。

何で、この組み合わせ?

レジに並んでいるのは5人。私は、前から4番目。最後尾にもう2人が並んだ。

列を外れたら日が暮れそうだったので、私は選び直すのは諦めて仕方がなく、のり弁とコーラを買ってコンビニから出た。

サラダ食べたかったのにな。

衝動買いしたのはいいけど、これ、どこで食べる?

目的地を失った足で歩く私の背後から、セミは鳴き続けていた。

それは近すぎず遠すぎず、丁度よい距離感だった。

ふと気がついたら私は自宅に向かう並木道を歩いていた。

えっ!? このまま行ったら家だよ。

これって、帰巣本能って言うやつ? 

それとも、幽霊に呼ばれてるのかな?

グー。

あー、もうダメだ。そうだ!ここ曲がったら公園があった!

公園で食べることを思いていた私は道を右へと曲がった。

ついて来る、ついて来る。

期待に応えてセミも右に曲がってくれた。


中途半端な夕方の時間帯の公園には誰もいなかった。

オレンジ色の陽の光を浴びた滑り台やブランコの影が茶色い芝生の上に長く伸びていた。

私はベンチに座ってコンビニ袋からのり弁とコーラを取り出して割り箸を割った。

セミは私の背後の木に隠れて鳴いていた。

隠れても鳴いてるからばれてるのにな。それって、ストーカー初心者だよ。

思いもよらないピクニックを楽しむことにした私は、何時もよりもほんの少しだけ食べるペースを落として食べた。

それは、セミ、いや、エルに私の食べる姿を見て欲しいと思ったからだった。

不思議とその時は、エルなら食べている姿を見られても恥ずかしいと思わなくなっていた。

おかずを少し口に入れて、モグモグ。

ご飯を少し口に入れて、モグモグ。

辺りを眺めて。

コーラを飲んで、また、モグモグ。

私は、それを繰り返した。

もう、陽は落ちかけていた。

エル? 何を考えてるの? 見て! 私の寂しい姿を!

私は魔女に魔法かけられて醜い悪魔にされてしまった天使。

やっと、ゴブリンの目を盗んでお城の牢獄から逃げて来たの。

エル!? 私を助けて!

悲痛な天使の叫びが、木陰に隠れている王子様に届こうとしていた。







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