第2章 第2話 天使の待ち人
もう一度、エルに会いたい。
その衝動は、日を追うにつれて強くなって行った。
私は都内にある某女子大の2年生。
浪人をしても留年をしても気にならない一人っ子の自由人。
友達もいないし憧れたり尊敬する人もいない。
別になりたいものもないし、男にも興味がない。
自慢じゃないけど、お金ならいくらでもある。
だから、将来のなんかどうでもいい。
どうせ人はみんな何時かは死ぬ。
それが遅いか早いだけ。
心以外は、まあまあ健康な私は自ら命を絶つか事故で死ぬかのどちらかだろう。
自殺なら何時でも何処でも簡単に出来る。
毎日が楽しく過ごせればそれでいい。
でも、私は何が楽しいのかわからない。
同年代の女の子達がするような遊びには全く興味がない。
子供の頃から楽しいのは本を読む時。
最近は、小説を書くことにはまっている。
それは、生と死がテーマ。
私の小説では主人公は必ず死ぬ。
それも残酷で悲惨な死に方で。
やっぱり、私は悪魔だ。
その時、私は渋谷のネカフェで生活をしていた。
それは、半年前、父が私を残してニューヨークへと逃げて行った時からだ。
杉並の荻窪に豪華な家はあったが、そこは幽霊屋敷なので住む気にはなれない。
幽霊屋敷になったのは、私が16歳の時。
養母がベランダで首を吊った。
彼女は、血が繋がっていない私を虐待し続けた。
首輪をつけられ、鎖につながれ、食べさせもらえず、飲ませてもらえず、罵倒され、つねられ、叩かれ、殴られ、蹴られ、切られ、焼かれた。
それは、想像を絶するものだった。
なので、彼女が首を吊ったのは私の生霊の呪いのせいだと思った。
それ以来、昼間でも一人でいると他に誰かがいるような気配を感じるし変な音もする。
おまけに、父が水死体になったので、さすがに、怖くってこの家では生活する気になれなかった。
その日も家に着替えの服と教材を取りに帰っていた。
誰もいなくなった家。
もう、玄関には雑草が生えて、部屋の白い壁も茶色く変色しかけていた。
よく、家は空家になると急速に劣化が進むと言うが正にその通りだった。
がらんとした広いリビングのホコリが被った大きなテーブルの上には、父が水死体になったあの日の朝に私が一口かじったままのクロワッサンが青カビだらけになってそのまま置いてある。その横のグラスに入ったミルクは、もう腐りきって臭い匂いすらしない。
でも、いまだに私は、それをかたずけづける気にならなかった。
ただ、私は無意識に、この家が朽ち果て行くのを待っているかのようだった。
吹き抜けの階段をのぼると廊下の突き当りには父と養母の寝室がある。
そこは、養母が死んで父がニューヨークに逃げて行った以来、開かずの間となっていた。だから、中がどのようになっているのかは誰も見たことはなかった。最近、この部屋からピアノの音がしていた。でも、私はこの部屋にピアノがあるのかは知らなかった。もし、あったとしたら、そのピアノを弾いているのは幽霊に違いない。
私は家に入ると辺りに目もくれず一目散に3階の自分の部屋へと駆け上がって、必要なものだけを取って、また一目散に階段を駆け下りて家を出た。1秒でも長くこの呪われた家に居たくなかった。
その日も渋谷のネカフェで一夜を明かす予定だった私は駅へと向かった。
と、駅まであと少しと言うところで季節外れのセミが鳴いた。
え!? これセミだよね。
不思議に思った私は、そのセミが鳴く方向へと歩いて行った。暫く歩くとそこは駅だった。
セミの声はまだ聞こえ続けていた。
え!? 駅?
グー、お腹が鳴った。
そっか、朝から何も食べてなかったんだっけ。
ところで、今、何時だっけな。
ふと、私はスマホに目を落とした。
4時13分。
でもまだ、セミも鳴り続けていた。
傾きかけた日の光が帰宅ラッシュには、少し早い閑散とした駅を照らし出していた。
お腹も鳴るし、セミも鳴る。
どうしよう? やっぱ、セミだよね。
何故かセミを優先した私は駅へと吸い込まれて行った。
駅の中に入ったら、そのセミの声は駅の広い空間に反響して何処から鳴いているのかが分からなくなってしまった。
え!? どこから鳴いてる?
必死に、私は辺りを見渡した。
どこ? どこ?
すると、改札の横の券売機の前に見覚えのあるグレージュのミディアムヘヤーが人影で見え隠れしていた。
え!? まさか?
セミの声はその方向からしていた。
まさか、頭にセミとまってる?
ゆっくりと私は、セミが鳴くその頭に近づいて行った。
少しずつ、券売機の前に立っている、その人の後姿が視界に入って来た。
艶のあるグレージュのミディアムヘヤー。
抱きしめたくなるようなしなやかな腰のくびれ。
肉付きがよく上向きに突き出たお尻。
エル? エルなの?
待ち人は、向こうからやって来てくれた。
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