第2章 第1話 天使の姿をした悪魔

私は、佳(ケイ)。

アルファベットの名前を持つ。

地味で気弱な天使の姿を借りた悪魔。


9日前、私の父は別荘の近くの湖で水死体で発見された。

私は、この奇妙な死に方をした父のお通夜もお葬式もするつもりはなかった。

父は、一匹オオカミの投資家。

金の為なら、人を地獄へと落とし、邪魔者を殺すことさえも躊躇なくするような冷血な悪魔だった。

そんな悪魔の弔いなど誰が来るだろうか。

もし、来て逆に呪われてしまったら大変だ。

第一、私達には親族もないし、父の友人や知り合いの連絡先も知らなかった。

もし、恋人と言った人がいたとしたならその人も。

でも、唯一の相談相手だった父の顧問弁護士から父の霊を鎮めるためにもと提案されて渋々やることになった。

それは、悪霊を封じ込める儀式はやらないわけにはいかなかったからだ。

案の定、家でのお通夜もお葬式もとても寂しいものだった。

親族は、私だけで、来てくれたと言えば顧問弁護士と町内会長さんだけだった。

後は、葬儀社の人達。

広いリビングにセッティングされた色とりどりのお花がいっぱいの派手な祭壇は、人が祈ってくれないのなら、いっぱいの花達に悪霊を鎮めてもらおうと私が選んだ。

それは、私から父へのせめてもの贈り物だった。

お通夜の夜。

私は、そのお花に囲まれた父の写真を何時間も見つめていた。

不思議と涙は出なかった。

いったい、この人は、どれぐらいの人から呪われているのだろうか。

その夜、そんな不気味な事だけを考えていた。


弔電もなく、お焼香も2分程度で終わった、お葬式。

火葬場へと向かう霊柩車の車窓から見た、葬儀社の人達も何かばつが悪いのか慣れているお見送りも、どこかぎこちなく見えた。


悪人の父は、5年前、身の危険を感じたのか、自分自身が創り出した愛憎渦巻く日本から逃げるようにして、ニューヨークに行ってしまったままだった。

その父との久しぶりの再会は、その日本の片田舎の古めかしい病院の霊安室だった。

どうして、父が日本に戻って来てあの極寒の湖に行ったのか、その時、私にも想像も出来なかった。

彼女の存在を知ったのは、その霊安室から出て来た時だった。

「ケイさん 実は ケイさんには ご兄弟がおられるです」

と、顧問弁護士が私の横に立って囁いた。

「えっ!?」

それまで、孤独な一人っ子思っていた私にとってその言葉は、前触れもなく告げられた愛の告白のようだった。

「勿論 ケイさんのお母様のお子さんではないのですが」

言われなくても私にも母親は違うと言うことは容易に想像が出来た。

「なぜ それを どうして 今?」

「お父様から頼まれてたんです」

「頼まれてたって?」

「もし 死んだら ケイさんに すぐに話してくれと」

「そうなんですか で その人は 男の人? それとも 女の人ですか?」

「女性の方です 年はケイさんと同じぐらいと思います その方 お父様から認知

 されておれれるので」

「認知ってなんですか?」

「ああ 認知って言うのは 法的に自分の子供と認めることです 認知すればその

 お子さんの戸籍謄本の父親の欄にも記載されます」

「はい」

「それで その認知されたお子さんは遺産を相続する権利があります なので ケ

 イさんはその方と遺産を分割することになります まあ これは その方が相続

 を申し出た時ですが」

「そうですか」

「こんな時に こんな話をしてしまいまして申し訳ございません」

「いえ で その人 お名前は何て言うんですか?」

「栗原・・・ 栗原絵流さんです」


エル・・・

エルに会いたい。

突然、そんな衝動が私を支配した。

勿論、相続の話をする為ではない。

ただ、訳も分からなく無性に会いたくなった。

それは、半分でも同じ遺伝子から出来た同性に対する同性愛だったのかもしれない。

でも、どうやったら会える? お通夜? お葬式?

でも、それには来てほしくない。

それは、侘しい弔いになると言うことは目に見えてたからだ。

エルには、そんな父の惨めな姿を見せたくはなかった。

とは言って弁護士から連絡してもらっても、相続のことで警戒して異母兄弟の私なんかと会ってくれる確率は低い。

それで、私は芸能人達がよくやっている お別れの会と言うものを思いついた。

場所は、エルが遊びがてらでも来てくれるかもと言った希望を持って、父が好んで使かっていた赤坂の高級ホテルを選んだ。

きっと、エルも最後に父に会いたいはず。

それは、同じ遺伝子から出来た半分姉妹だからこそ分かる感情だった。

田舎の病院の窓の外には、強い冷たい風で粉雪が舞っていた。

それは、まるで、これから私に起こる痛くて悲しい体験を暗示しているかのようだった。


強い冷たいビル風が吹くコンクリートの森の中で人工的に咲き誇った36色のお花畑。

私は、その前で、ひたすらエルを待っていた。

ここは、エルだけの為に開いた舞台。

お願い! 来て!

私はお花畑に埋もれた父の写真を見つめてそう念じていた。

と、見知らぬ天使が甘いフェロモンが漂った小さく開かれた食虫植物の口の前に姿を現した。

髪は暗く柔らかい落ち着いた艶感のグレージュのミディアム。

切れ長で冷たそうな一重の黒い瞳。高く鋭い直線的な小鼻。その小鼻と目尻を結ぶ細い眉。口角がキュッと上がった薄い唇。

飾り気のない黒いスリムスーツ。白いブラウス。その上からでも分かる大きな膨らんだ胸。女でも抱きしめたくなるようなしなやかな腰のくびれ。スカートの下は肉付きのよい盛り上がった太ももが足の付け根から足首まで艶かしくシルエットになっていた。

その姿は、正に人を迷わす魔性の女。

私は、突然、理想の恋人に出会った時のように様に胸がいっぱいで、顔を上げることが出来なかった。

お花畑の前で、手を合わせるエルの姿は私と真逆な悪魔の姿をした天使に見えた。

私は、エルに恋をした。


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