第13話 悪魔のプレゼント

信号が青に変わった。

踏み出した足は、ケイも私も左足だった。

ケイと私は、午後の柔らかい日差しに照らされた迷宮へと向かうスクランブルしたゼブラの歩道を手を繋いで渡っていた。

「勿論 彼氏 いないんだよね?」

「何よ! その勿論って!」

怒って、ほっぺた一杯に空気を入れて膨らませたケイの顔が可愛かった。

「まだ これから 時間ある?」

ケイは、そのふくれた顔で、ほんの少しだけノッポの私の顔を見上げてうなずいてた。

「寄生虫 紹介する」

「寄生虫?」

ケイに、自分の小説にも登場する寄生虫に会ってほしくなった。それは、彼氏のいない双子の妹に初めて彼氏を紹介する時に感じるような、淡い優越感に浸りたいからだった。

「でも 今 死にかけてる」

「えっ!?」

そして、もう、一つ。

彼に、天涯孤独の者同士だったはずの私に妹がいたと言うことを自慢したかった。

もしかして、負けず嫌いの彼がそれを聞いて病気が治るかもしれない。

そんな儚い希望も込めていた。

「その前に ちょっと マツキヨ 付き合ってくれる?」

「いいよ」


人混みでも繋いだ手を放すことがなかったケイと私は女の必需品がごった煮の店内へと駆けこんんだ。

「やあ エルちゃん 久しぶり!」

馴染みの店員さんが声をかけて来た。

「何だ まだ いたんだ」

「ほかにとりえがないから」

この日本のほとんどの若者達は、他人に対して劣等感を抱いている。ほかにとりえがない、この言葉は、その私達の口癖だ。

見た目、30そこそこで転職を繰り返して離婚歴のあるこのフリーターの店員さんもまた私達と同類だった。

「ここ よく来るの?」

「むかしね」

「むかし?」

「銀座に行く前」

「ふーん」

深夜でもやってるこの店は、渋谷にいた頃の私の駆け込み寺のような存在だった。

特殊メイクで小悪魔なる時、突然、血が出た時、アイの言った卵子と精子の出会いを邪魔をするゴムを仕入れる時、そして何よりも、男にメンタルをズタボロにされてストレスで下痢をした時だ。

この店員さんは、そんなピンチの時にでも臨機応変に優しくお勧めの品を紹介してくれた。

当時の私にとっては、私専属のソムリエの様な存在だった。

「ここで ちょっと 待ってて」

「う うん」

購入する品は、ケイには少し刺激が強いものだった。

「これ プレゼント用にラッピングしてくれる?」


寄生虫が消毒されている病院へと向かう昼下がりの空いた電車の車内。

私達は、仲良く並んで座っていた。

刺激的な経験に疲れたのか、ケイは私の肩を枕にして眠っていた。

その寝顔は、まるで生まれたばかりの野良ネコのようだった。

これから経験する弱肉強食の世界も知らずに、スヤスヤと眠るその無邪気な寝顔に私は誓った。

「あなたをライオンにしてあげる」


病院に着いた時は、もう日が傾きかけていた。

その優しい日の光に照らされた仲良く手をを繋いだケイと私は、寄生虫が眠る蓑の中へと入った。

先に私が病室に入ると彼もスヤスヤと眠っていた。不思議とその寝顔は、さっきのケイに似た子ネコのように見えた。

私は、恥ずかしそうにドアの外で立っているケイに小さく声をかけた。

「入って」

まるで入学式の後に初めて入る教室のようにケイは、緊張した顔をして恐る恐る入って来た。

「これが 寄生虫」

ケイは、ゆっくりと寄生虫の顔をのぞき込んだ。

「これが 私がいないと生きて行けない生き物」

ケイは、意外とまじまじと寄生虫の寝顔を見つめていた。

私は、マツキヨで買った赤いリボンの付いた紙袋を寄生虫の枕元に置いた。

「寝てるし 退屈だよね 行こ!」

それは、せっかく動物園に連れて来たのに寝ているパンダしか見れなかったような申し訳ない気分だった。

「あっ! ちょっと 待って」

私は、財布からムチとローソクの拷問を耐えたご褒美の1万円札を一枚出してベットの横の脇机の引き出しに入れた。

これで売店で好きなチョコ買って虫歯になりな。


病院から出た時には、もう薄暗くなっていた。

規則正しく並んだ街灯が輝く駅へと続く小道を私達は、また、手を繋いで歩いていた。

「今日 あの寄生虫が卵からかえった日だったんだ」

「卵からかえったって・・・ 誕生日!」

その日は、彼の23回目の誕生日だった。

「エルって 意外と優しいとこあるんだね」

「意外って なによ 意外って!」

「だって・・・ で プレゼント 何 あげたの?」

「あー ケイには 関係ないもの」

「関係ないもの? 何! それ! 教えてー」

また、鼻血 出してやろっと。

私は、ケイの小さな耳に口を当てた。

「何 それ?」

それは初めて聞く言葉だったらしく、ケイには通じなかった。

マジか!?

また、私はケイの耳に口を当てて、こんどは、中学の時の性教育を思い出してわかり易く言った。

すると、見る見るうちに、ケイの顔が赤くなり始めた。

「それを コンドームって言うの これから必要になるかもしれないし覚えておきなよ」

ケイは、黙ってうつむいていまった。

もう、すっかりと暗くなった住宅街の道にさしかかった時、突然、ケイが沈黙を破った。

「どうする?}

「どうするって?」

「遺産」

「どうしょっか?」

「あげる」

「えっ!?」

「呪われたらやだもん」

「そだね じゃあ 私 貰ってあげる」

「本当に?」

「エクソシスト 呼ぶから」 

ケイが私の顔をのぞき込んで、微笑んだ。

エクソシストはケイかも。

私達は、大きな窓から幸せそうな暖かい灯りが零れ落ちる一軒の家の前に立ち止まった。

「こんな家に住たかったな」

と ケイが小さくもらした。

「何 言ってるの ケイのお家 この家より ずっと大きいんでしょ」

「大きいけど 冷たかった 氷のように冷たかった」

「私のお家も そうだった 凍死しそうだった」

「エル?」

「何?」

「私 寒い」

思わず私は、ケイの小さな身体を抱き締めた。

「私が 暖かくしてあげる」

その時、邪悪な悪魔の温もりが凍りついた天使を溶かそうとしていた。

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