第14話 悪魔と天使の封印された記憶

大きな窓から暖かい光が零れ落ちる幸せそうな家。

きっと、この家の中には元気なお父さんの帰りを待っている頭の良い子供達と優しいお母さんがいるのだろう。

子供達は自分達の部屋で宿題をして、お母さんはキッチンでシチューを煮ている。

そんな、ケイと私には無縁の家族が住んでいる家の前で、私達は街灯の光に照らされて抱き合っていた。

それは、まるで暗い舞台の上でスポットライトに照らされた悲劇のヒロインの姿のように見えただろう。

「もう 一人いるって知ってる?」

「もう 一人って」

肩越しに私は、かすれた小さな声でケイが問いかけた。

「私達と同じ遺伝子を持っている人」

「え!?」

「弁護士さんから聞いてない?」

ケイは、小さく首を横に振った。

「会いたい?」

「え!?」


私達は、街灯の白い単色の光の下から36色の煌めく光の下へとテレポーテーションした。

そこは、彼女にとって初めて来た異空間だったらしく、ケイは興味深々でキョロキョロしながら私の手を握っていた。

「夜の銀座 初めて?」

ケイは軽くうなずいた。

銀座が渋谷と違う所、それはすれ違う女達の会話。

渋谷は、小悪魔達の無邪気な会話。それに比べて、ここは、魔女たちの呪いの呪文。

「美容院 付き合ってくれる?」

「え?」

「セットだけ すぐ終わるから」

「うん いいよ どうせ 暇だし」

「だよね」

「もう! 何 その 激しい同意は!」

また、ケイは、ほっぺた一杯に空気を入れた。

「また 膨れた ケイ まるでフグだね」

「どうせ 私はフグですよーだ! でも 私 エルみたいに毒ないよーだ!」

「悪かったね 猛毒もったコブラで!」


錬金術師の館。

鏡の奥に私が魔女に変身して行くのじっと見つめている天使の顔をしたケイが映っていた。

良く見て、これが私の本当の姿。こんな悪魔でも愛してくれる?

心の中で私は、ケイに問いかけていた。


魔女になっても私は天使のケイの手を握り続けて煌めく魔法の街を歩いていた。

「凄い まるで 別人だね!」

天使が魔女に微笑んだ。

私の本当の姿を別人と言ってくれて嬉しかった。

「ここじゃあ その別人にならないと生きて行けないの」

「そうなんだ」

「ケイも 別人になってみる?」

「うん 別人になって どっかに行きたい」

「どっかって?」

「私の事を知らない人ばかりがいるとこ」

「ふーん 私も そんなとこ 行きたいな」

ケイがギュッと私の手を握り返した。

「ここ」

ケイは妖艶に輝いた魔女の館を見上げた。

「このビルの6階 あの名刺のクラブがあるとこ」

その時、また、セミが鳴いた。

ど どこから? 後ろから?

と、振り返ったら紫の光を背に受けたアイが歩いて来た。

それはまるで、魔女の姿をしたビーナスのようだった。

「あの人」

ケイが振り返った。

セミの声は、アイが近づいて来るにしたがって大きくなって行った。

突然その時、断片的にあの夏の記憶が蘇った。

セミの声、窓から零れ落ちる緑の木漏れ日、ピアノを弾く白いドレスの女の人、部屋に響くもの悲しいピアノの音。

この曲、何んだろう?

「メンデルスゾーン 真夏の夜の夢 序曲」

と、どこからかケイの声がした。

ケイ? ケイなの?

「そうだよ」

ここはどこ?

「私も わかんない」

あの人は誰?

「わかんない」

その幻想の中、白いドレスの女の人が弾く乾いたピアノの音が響いていた。

と、そのピアノの音を掻き消すように車のクラクションが大きく鳴った。

驚いて気がついたら、アイの姿をどこにもなかった。

横を見ると不思議そうな顔をしたケイと目が合った。

「今のケイも見たの?」

大きな目をしたケイが、うなずいた。

私達は、同じ幻想を見ていた。

「あれ何?」

「封印されていた私達の記憶かも」

「封印された記憶?」

「うん その記憶は 眩しい夏の強い光に封印されて見えなくなっていただけか

 も」

「それが 夜になったから見えて来たってこと?」

「うん あの人が死んでね」

「でも 何で あの曲が 真夏の夜の夢ってわかったの?」

「それは あの曲 死んじゃったあの人の部屋から 時々 聞こえて来てたから」

「そうなんだ」

目が点になって見つめ合っていたケイと私は、ふと、空を見上げた。

そこには暗い夜の空に丸い月が浮かんでいた。

「不思議な夜だね」

「うん」

「エル? これから ここで お仕事?」

「うん 魔女の仕事 寄生虫の為に栄養つけなきゃね」

「エルって 幸せだね」

「えっ!?」

「好きな人の為に 頑張ることが出来るんだもん そんなエルがいて きっと あの彼も幸せだよ」


彼氏の為に頑張って身体を売る女は幸せなんだろうか。

自分の為に身体を売る彼女がいる男は幸せなんだろうか。

まだ、魔女の姿をした悪魔と言う本当の私の姿を知らない無邪気なケイのその言葉を聞いて、いっそう私は水死体に呪われたくなった。

遺産は、全部、私が貰って、私だけが呪われたいい。

私が呪い殺された後にケイにあげる。


「私なんか」

自虐好きのケイは、またフグになった。

「はら! また 膨れた! ピッ!」

私は、膨らんだケイのほっぺたを人差し指で押した。

空気が抜けてしぼんで行くフグが、可愛かった。

「今日も ネカフェ?」

「今日は お家に帰る 取に行きたいものも あるし」

「幽霊 出ないといいけどね」

「もう! 思い出したじゃん! せっかく 忘れてたのに!」

「きっと 行ったら 思い出してたよ」

「それは そうだけど・・・」

突然、私の心の中に別れたくないと言う強い衝動が走って、ケイの手を強く握り締めた。

「痛い・・・」

「それが 気持ちいいんだよ」

「そうだね 痛いの気持ちいいもんね」

そう言って、にっこりと微笑んだケイの顔が愛おしく、気がついたら、また、私はケイの小さな身体を抱き締めていた。

「ありがとう もう 寒くないよ」

夜空には、銀座の強い光に負けた月が弱々しく浮かんでいた。







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