第8話 悪魔と天使
ベビーカーを押した若い奥様がケイの前を通り過ぎて行く。
ベージュのオーバーオールの下にピンクのニット。見るからに幸せそうなお金持ちの奥様。
ケイは、モグモグしながらそれに見とれていた。
でも、ベビーカーの中の赤ちゃんにはお父さんはいるのだろうか。
ケイもそんなことを考えてるのかな。だとしたら、やっぱり私達は普通ではない特殊な人間。
ケイのモグモグが終わった時には、もうオレンジの日の光が弱くなり始めていた。
やっと、食べ終わった? のり弁一つ食べるのにいったい何分かかってるんだよ。
丁寧にゴミをコンビニ袋に詰めたケイは、立ち上がって両手を真上に突き出して気持ちよさそうに背筋を伸ばした。
しゃがみ込んで木陰で隠れて私も思わず立ち上がって背を伸ばした。
プハァー 気持ちいい。
背伸びが終わったら、もう、ケイはベンチにはいなかった。
あれ、どこ行った?
ケイを見失った私はキョロキョロ。
あ! いた! ケイはもう道路へと出て行こうとしていた。
食べるの遅いくせに、逃げ足だけは早いんだ。
慌てて私は顔を伏せて後を追った。
ケイは来た道を引き返して行く。
え!? そっち行ったら、また、駅だよ。
ここに来たのは、のり弁食べに来ただけ?
ケイの足は止まらなかった。
何でそんなに急ぐの?
イタ!
急に腰に激痛が走った。
そうか、あのエロ坊主に、腰、無理やり変な方向に曲げられたんだ。
イタタタタ。
もう、どこ行くのよ? お嬢様のくせにバイト? それとも男と待ち合わせ? ないない、それはない。
もし、あるとしたら、あんた騙されてるよ。
今度は急にケイの男関係が心配になって来た。
夕暮れの駅前。
ケイは帰宅を急ぐ人混みとともに駅へと吸い込まれて行った。
えっ!? 電車、乗るの?
ケイは上着のポケットからカードを出して改札をスルー。
え!? ちょっと待ってよ!
そんなカードとは無縁の私は切符を買わないといけい、アナログな私はアパートから銀座に行くのも切符を買っていた。
えっ!? どこまで買ったらいいの!?
取り合えず、一番安い切符を買って改札に走った。
勿論、ケイの姿はどにもなかった。
ケイを見失った私は、またキョロキョロ。
巻かれたか。
あー せっかく会えたのになぁー もう!
諦めた私は仕方なく新宿に行く電車の飛び乗った。
夕方の混んでる車内。駅に止まる度に私は隅に押し込まれて行く。
えっ!? この状態で降りられる?
放り出されるように電車から出た瞬間、またセミが鳴いた。
えっ!? また、鳴いた方を見た。長い黒髪が人混みの中で見え隠れいている。
えっ!? まさか!?
私は、また、その長い黒髪を追った。
私達は、何かで繋がっている。私は、そう確信した。
でも、その何かってなんだろう? あのセミの声って、いったい何?
えっ!? 乗り換えるの?
セミの声を頼りに長い黒髪の後姿を追った。
まるで、GPSだよ。
また、満員の電車に乗った。どこ行きだろ?
降りた駅は渋谷だった。
何だ、地元じゃん。
地元と言っても生まれ育ったところではない。ここは、万引きから始まって、薬、売春に手を染めた街。
駅を出たら、もうすっかりと暗くなっていた。
ケイは人の流れに逆らうかのように足早に歩いて行く。
何で、そんなに急ぐわけ?
今度こそ見失うわけにはいかない。私は、太ももと腰の痛みを忘れて必死にケイを追った。
本屋さん? ケイは、本屋さんに入った。
ケイは、雑誌を立ち読み。
何の雑誌だろう? 思わず近づいていまった。ヤバ! えっ!? ちょっと、待って。そうか、ケイは、
私の顔、知らないかも。あのお別れの会の時も、ずっとうつむいたままだったし。
やっと、その時それに気がついた。
一か八かと、恐る恐る私は、雑誌を読むケイに近づいて雑誌をのぞき込んだ。
えっ!? やっぱ、アニメか。
私の気配に気がついて、いきなり、ケイが振り向いた。
目が合った。私は、作り笑顔で頭を下げた。ケイも不思議そうな顔で私を見つめた。
と、ケイはラックに雑誌を戻して出ていった。
今度は、どこ?
雑貨屋かぁ。
クマのお皿、クマのスプーン、クマのフォーク、クマのタオル、クマの石鹸。
こんな店、あったっけ?
入る気にならなかった私は、タバコを吸って店の前で待った。
長い。何、買ってるの? まさか、本物のクマ?
やっとケイが出て来たのは、3本目を吸い終わった時だった。
今度は、どこ?
ケイの後を追う私。
それは、まるで鬼ごっこをしているようだった。
私は、鬼。さあ、逃げて。
えっ!? ゲーセン?
女の子一人でゲーセン? 何、するの?
JK達やカップル達の中、ただケイはウロウロするばかりだった。
何、してるの?
その姿は、何か寂しげだった。
お母さんが死んで、お父さんも死んだ一人っ子。
ケイ、一人ぼっちになったんだ。
その時、今日の弁護士との会話を思い出した。
「実は 佳さん お父様の連れ子なんです」
「えっ?」
「佳さん 奥様とは不仲だったらしいんです 当時のお手伝いさんの話では 小さ
な頃は 虐待も受けていたとか」
「虐待?」
「はい 奥様には子供が出来なかったので その嫉妬が原因でしょうかね」
「嫉妬?」
「それで 佳さん 中学の時に自閉症になって ほとんど学校には行ってなかったと
か お父様は ほとんど海外でご自宅にはおられなかったみたいで佳さんにとっ
ては 正妻さんとの地獄の日々が続いていたようです」
「地獄って」
「それでも何とか都内の私立の高校に進学されたんですがそこんでもすぐに不登校
になって ついに・・」
やっと、ケイはUFOキャッチャーの前で立ち止まった。
やっぱ、クマ! やるの?
ケイは財布からコインを出した。
エレトリカルな軽快な音楽とともにクレーンが動き出した。
と、ケイが私を見た。
えっ!
ケイは、私に、ここでいいの?と言った表情をしている。
私は、首を振った。
また、エレトリカルな軽快な音楽とともにクレーンが動き出した。
また、ケイが私を見つめた。ここでいいの?
私は、うなずいた。
ゆっくりとアームが降りて行く。
私とケイをそれを息を吞んで見つめていた。
アームが黄色いクマの大きな頭を掴んで持ち上げた瞬間、黄色いクマは仲間の中に戻って行った。
残念そうな顔をしてケイが私を見た、私も残念そうな顔をして見返した。
えっ!? また、やるの?
またケイは、財布からコインを出した。
また、エレトリカルな軽快な音楽とともにクレーンが動き出した。
と、またケイが私を見た。
またケイは、私に、ここでいいの?と言った表情をした。
また私は、首を振った。
軽快な音楽とともにクレーンが動き出した。
ケイが私を見つめた。ここでいいの?
私は、うなずいた。
ゆっくりとアームが降りて行く。
また、黄色いクマは仲間の中に戻って行った。
また、残念。
えっ!? また、やるの?
ケイは財布を出した。
そんなに、クマが好きなの?
見かねた私は、恐る恐るケイに近づいて行った。
ケイは不思議そうな顔で私を見つめていた。
今度は、私が財布からコインを出た。
やんなよ。
ケイが、うなずいた。
エレトリカルな軽快な音楽とともにクレーンが動き出した。
ケイが私を見つめた。ここでいいの?
私は、うなずいた。
ゆっくりとアームが降りて行く。
私とケイをそれを息を吞んで見つめていた。
今度はアームが黄色いクマの胴体をしっかりと掴んだ。
取れたかも!?
期待に胸を膨らませた私達は、見つめ合っていた。
遂に、黄色いクマは仲間のもとには戻れなかった。
やったー!
私達は、飛び跳ねて喜んだ。
と、ケイは我に返ったように私を見つめた。
「誰?」
私もケイを見つめた。
また、頭の中で弁護士の声がした。
「ついに 佳さん 最初のリストカットを」
賑やかな店内の中、私達は見つめ合っていた。
気がついたら私はケイの手を握っていた。
「撮ろ!」
「えっ!?」
私は、ケイの手を引いてプリクラに入った。
画面に映った、無表情な私とケイの顔。
「はら 笑って! 笑顔 笑顔!」
「う うん・・・」
微笑んだケイの顔は、まるで天使のようだった。
フラッシュライトの強い光が私とケイに降り注いだ。
また、半分同じの受精卵が出会った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます