第9話 夢の国の悪魔
週末の渋谷の騒めきと眩しい光の中、私達は、あてもなく無言で歩いていた。
見慣れた街が、その夜は知らない遠い異国の街のように思えた。
この時、不思議と私達は名前を言わなくてもお互いに誰かは感じ取っていた。
それは、半分でも同じ遺伝子から出来た者同士だからだろうか。
「これって 凄いよね」
突然、ケイが前を向いたまま口を開いた。
「何が?」
私も、前を向いたまま返事をした。
「会ったの」
「そうだね」
赤信号。
数人の見知らぬ男女と並んで立った。
元々、人見知りの私は信号待ちは、あまり好きではない。
なのに、よく、あんな仕事をしてるもんだなと、つくづく自分の金銭欲に関心しする。
「あの人のおかげかな」
「あの人って?」
「死んじゃった人」
「自殺なの?」
時刻表がない、それぞれの意思を持った車が私達の前を過ぎて行く。
「さぁー わかんない あの人 ニューヨークに住んでたから 最近 あんまり
会ってなかったんだ」
「ねぇ 私 その人の事 何て呼んだらいいのかな?」
「えっ?」
「急に現れたから何て呼んでいいのかわかんないの」
「そうだね」
「死んで初めて現れた」
「それって ゾンビだね」
「だね」
青信号。
私達は見知らぬ人達と同じ方向に向けて歩き出した。
依然、私達は、前を向いたまま歩きながら話をしていた。
お互いに顔を見るのが怖かったかもしれない。
「杉並の駅から ずっと つけてたでしょ」
「えっ!? 何だ ばれてたんだ」
「探偵 失格だね」
ケイの横顔が、いたずらっぽく微笑んだ。
こんなことも言うんだ。この時、ケイの地味な印象が少し変わった。
「やっぱ 私の事 邪魔だと思ってる?」
なら私もと、イヤミを言ってやった。
「邪魔って?」
「だって 私が いなければ 遺産は全部 貰えたんでしょ」
「全然 そんなの興味ないよ」
お金に興味がないなんて、やっぱりお嬢様だ。
でも、これからはお金に興味がないと生きては行けない人生がケイに待っている。
果たして、それをケイは分かっているのだろうか。この時、ケイにそれを教えてあげるのは私の役目だと感じていた。
「ふーん で 今 その杉並の家に住んでるの?」
「うううん あのお家 呪われてるんだもん」
「呪われてるって?」
「夜中に変な音がするしさ 写真 撮ったら 変な光が写るしさ」
「やっぱり・・・」
「やっぱりって?」
やっぱり、同じ遺伝子から出来ている2人、スピリチュアルな同じことを感じ取っていた。
「何でもない じゃあ 今 何処に住んでるの?」
「ネカフェ」
「ネカフェ?」
「うん!」
呪われた家のおかげでケイは難民になっていた。
「大学生だよね?」
「そうだよ よく知ってるね」
「だね」
「何してる人?」
「私?」
「うん」
「私は・・・ 銀座でホステスしてる」
「えっ! 銀座のホステス! 凄いじゃん!」
「凄いかな?」
まるで、子供の頃からの友達だったようにケイとの会話はまるで森の中の小川の水の流れのように続いた。
「彼氏 いるの?」
「そんなめんどくさいもんいないよ ペットはいるけど」
「ペット? 犬か猫?」
「うううん 男」
「男!? さすが銀座のホステス! 男をペットにしちゃうんだ」
「ペットとゆうより 寄生虫かな」
「寄生虫?」
「うん カマキリのお腹の中にいるハリガネムシのような」
「何か キモイね」
「私 キモイ男が好きなの」
「変わってるね」
でも、私はそのキモイ寄生虫を心から愛している。ほんと、変わってるよね。
「今日も ネカフェ?」
「そうだよ」
「今日 私と寝ない?」
「えっ?」
ケイには刺激が強かったのか、うつむいたまま黙り込んでしまった。
じれったくなた私は、丁度、通りかかったタクシーを止めて無理矢理ケイを押し込んだ。
「ど どこ行くの?」
意外とこれが初めての拉致だった。
抵抗も叫びもしないケイは、タクシーの車内でもうつむいたままだった。
キラキラと光る夜の東京の街。
この大きな街で半分姉妹の私達はいったいどこへ行こうとしてるのだろう。
私達を乗せたタクシーは夢の国のシンデレラ城の前で止まった。
ここは、性を分かち合う夢の国。ここでは、愛があっても無くても関係はない。ここで、やることはただ、本能のままにお互いの性欲を満たすこと。
私はケイを手を握ってタクシーから降りた。
ケイは、驚いた顔をして、キラキラ光る偽物のシンデレラ城を見た。
「いやー 私・・・」
「まさか こう言うとこ 初めて?」
ケイは、当然とでも言うように私を見つめてうなずいた。
「だよね 入ってみる?」
また、黙り込んでうつむいてしまった。
「もう! イライラする! これも経験だからさ ネカフェよりぐっすり寝らると思うんだけど」
私はケイの手を強く握ってた。
私達は、普通のホテルにはない部屋の写真が並ぶパネルの前に立った。
「どれにする? 電気が消えてる部屋は使用中だから それ以外でね」
ケイは、初めて経験する夢の国のイステムに興味深々のよで、タピオカ選ぶ時ののように真剣にパネルを見つめていた。
そこは、純真な乙女が初めて見た性の世界だった。
実は、ここは馴染みのホテルだった。ここで、数え切れない程の男と関係を持った。そこには愛した男もいたが、身体だけを求める男の方が多かった。
エレベーターの前の事務所をのぞいた。
「チース!」
と、カップラーメンを食べている支配人のシュンさんが口から麺を半分だして微笑んだ。
「いやー エルちゃん お久しぶりー」
彼は中年のトランスジェンダー。未婚だが、男との同棲は数え切れない程ある。自殺未遂6回、傷害、恐喝、強盗、薬物、前科7犯。でも、勿論、強姦だけはしていない。そんな特殊な人生経験が豊富な彼は私の複雑な女心を理解してくれる数少ない親友だった。
「エルちゃん 今度は こっち系の店?」
シュンさんは、ケイを地味な子を専門にしている風俗店の子だと思ったようだった。
そうとも知らず、ケイは恥ずかしそうにシュンさんに頭を下げた。
「こう言う仕事 初めてなの?」
「えっ?」
この状況を理解できないケイは、困惑した表情を浮かべていた。
「ねえ 今日 この子の研修だからさ お金 いいよね」
「まあ 今日 暇だからね いいわよ そのかわりこの子が稼いでくれるようにしっかり教えてあげてね」
「了解! サンキュー!」
きっとこの会話はケイには宇宙語に聞こえただろう。
「行こ!」
「う うん・・・」
「その代わり 終わったら シーツ交換とお風呂掃除もよろしく それと ローソクの使うんだったら スプリンクラー 気を付けてよ!」
また、ケイには、このシュンさんの言葉も理解不能だったらしく一層その表情は深い闇へと沈み込んで行った。
やがて、メタリックパープルの宇宙船のエレベーターような扉が開いた。
「研修っ何? ローソクって 何?」
やっと、ケイは、宇宙人の会話に疑問を持ったようだった。
私達は、未知の世界へと登って行った。
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