第5話 悪魔の遺伝子

また、来てしまった昼間の丸の内。

ここも、私にとっては場違いなところ。

相変わらず、凡人の姿を借りた死刑執行人達が右往左往している。

メンズスーツ、レディーススーツ、まるでイオンの何階かにディスプレイされたマネキンが歩いてるようだ。

何年か前、私も凡人達に紛れ込む為にこんな囚人服を着ていた。それは、すぐに、こいつら、死刑執行人にはぎ取れてしまった。そのおかげで、今では私のスーツは裸になってしまった。まあ、その方が身軽でいい。

気がついたら大きなグラスを見上げていた。

もう、呪われる決意は出来ていた。


机の上に置かれた一枚の紙。

その時、私にはそれがテストの問題用紙に見えた。

向かい合って座っている私の運命の人が口を開いた。

「これが相続財産の一覧になります」

「はい」

私は問題に目を落とした。

「不動産は杉並のお家の土地と建物 別荘の土地と建物 後 池袋のビルの土地の

 四分の一 主な動産は 高級外車が3台 絵画が数点 高級腕時計他 諸々の貴

 金属類 動産 不動産の方は大したことはないのですが 株式の他 海外の銀行

 預金を含めた金融資産が相当あります」

うそ!これ、全部、貰えるわけ?どうしょう?ヤバイ。

でも、そんなわけないか。あの子もいるし。そうだ、奥さんは?確か、あの時、あの子一人だったよな。

て言うことは、やっぱ、あの子が奥さん?

答えは迷宮に入り込んでしまった。

「幸いに 特に大きな負債も無いようですし」

それを聞いて、ほっとした。もし、借金なんかあるとそれも相続するらしい。この知識は、電車の中でこっそりググった勉強の成果だ。

「これを元にして相手側と分割協議に入る訳ですが・・・」

分割協議って、どんな競技だ?

「単純に言うと絵流さんの取り分はこの二分の一になります」

今、何て言った?確か二分の一?やっぱ、あの子、奥さんじゃん!そう、確信した私は思わず彼に答え合わせを求めた。

「二分の一って 誰とですか?奥さんですか?」

「いいえ 実は奥様は3年前にお亡くなりになられてるんです」

えっ!死んじゃったの?

「お子様もお嬢様がお一人と言うことで その方と二分の一と言うことになりま

 す」

お嬢様。あの子がお嬢様。地味なあの子がお嬢様。やっぱ、そうだったんだ。それは、最初にひらめいた答えだよ。テストあるあるじゃん。笑える。

「平成25年の民法の改正で 嫡子と非嫡出子の相続の割合が同等になったので その お嬢様と分け合うことになります」

久しぶりに先生に手を挙げた。

「じゃあ それまでは 同じじゃあなかたんですか?」

「はい 簡単に言うと それまでは非嫡出子は嫡出子の半分だったんです」

何と日本の法律は冷酷なんだろう。死んだ男と同じ遺伝子から出来ているのに、産んだ女と結婚しているかどうかで子供の取り分が半額になるとは。それに、認知だっけ?あの時、中に出しちゃたて思っていてもその認知をしなかったら生まれて来た子供には遺産をあげなくてもいい。それは知らずに生まれて来た子供は半額どころか無料。子供には何の罪もないのに、こんなの酷いよ。

平成25年?私、何してたっけ?もし、それより前に彼が水死体になっていたら半額だったんだ。

半額どころか、その頃は母親も生てたし私の取り分は0だったに違いない。認知してくれて、今、死んでくれた水死体の彼に感謝だよ。

でも、お嬢様と言うことは、半分、私と一緒の遺伝子から出来ているってこと?姉か妹ってこと?

「それからこの3億円の保険金なんですが これが 不思議なんです」

「不思議?」

「はい 受取人がお亡くなりなった 奥様から ある方に変更されておりまして」

「そのお嬢様じゃないんですか?」

「はい でも 自殺となれば保険金は下りないと言った可能性もありますが」 

「で その人って?」


冷凍保存された精子に似たジェルが指先に置かれる。

あの時のお花畑をイメージいたフラワーネイル。紫の下地に白い花。その指を見つめながら彼の言葉が頭の中でグルグルと回っていた。

「それが もう一方 お子様がおられたんです」

「もう 一人って?」

「もう一人 お子様が」

「えっ!?」


その夜のピアノの音は何か哀し気だった。

「その方は お父様から認知されておられないので相続する権利はないのですが」

まさか?

「なぜ 認知されてないんですか?」

「ここだけの話なんですが 亡くなられた奥様の妹さんとのお子様らしいんです」

ピアノを弾く彼女の姿は死の恐怖が迫る隠れ家で運命を悟って無償の愛の日記を綴っていたアンネの様に見えた。

私は彼女のその姿を見つめながらその夜、有償の愛を与えるエロ坊主の手を指先で撫でていた。

その指先には、あのお花畑が広がっていた。


イミテーションのシンデレラ城が立ち並ぶ街を、魔法にかかったその哀れな男と快楽の夜を楽しむ城を選びながら歩く。これは男の性欲を増幅させるテクニックだ。

フレンチ、イタリアン、チャイニーズ、それとも寿司。

私はどの料理でもいい。ただ、私は男が選んだ味になるだけ。

エロ坊主が選んだのは、やっぱり線香の匂いがする寺の様な部屋。笑える。

ママにばれた辞めるだけ。

呪われ始めていた私はもう怖いものがなかった。

でも、大金が入って来るのに何でこんな事してるんだ?笑える。

悦楽へのコース料金を受け取った時、また彼との会話が脳裏をよぎつた。

「でも どうして そんなことが分かったんですか?」

「それが 奥様が自殺された原因だったからです」

「自殺?」

その夜、私は菩薩になった。

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