第4話 悪魔の中の寄生虫
私は、ほのかな甘い香りがする色とりどりの草花の中に埋もれた水死体の彼の写真を私はじっと見つめていた。
「私は、この人が造った この人の遺伝子から出来ている」
彼を父と呼べない私にとって、それは、せめてもの彼への感情だった。
ここに来る途中、駅の100円ショップで買った数珠を親指にかけて手を合わせた。
お別れの会なので普通は悲しいとか寂しいと言った感情を持たなければいけないのだろうが、その時の私の心は空っぽの空き缶。逆さにしてどんなに振っても一滴も出て来ない空き缶だった。
お花畑の横にうつむいて立っている彼女もその空っぽの空き缶のような気がした。
私に気づいてないのだろうか。それとも、気づかないふりをしているのだろうか。
私が彼女を見つめてもこっちを見ることは一度もなかった。
花に埋もれた水死体の顔も空っぽの空き缶に見えた。
「こんにちは 初めまして さようなら」
これが彼に言った私の最初で最後の言葉。
心の中でそう唱えて、足早にお花畑を後にした。
微かなGを感じて音もなくエレベーターのドアが開くと、そこはブランドの服を身にまとったセレブの世界だった。
場違いかな。でも、ここに来られたのも、あの水死体の彼のおかげかな。気がついたら、胸を張ってもモデルのように歩いていた。笑える。
と、D&Gの肩越しに見覚えのあるブルージュの長い髪が見え隠れした。リプシーのドレスの様な首から腰にかけての美しいラインは70パーセント、ピアノの彼女だった。
フェイク・セレブの私と違って、彼女はピュア・セレブ。
私を知っている人がここで私を見かけたら100パーセント金持ちの男との逢引きと思うかもしれないが、彼女を見ても120パーセントそんなふしだらなことは思わないだろう。
そんな自虐的なことを思っている間に、ふと気がついたら彼女の姿は消えていた。
どこ?どこ?
ドライヤーの心地の良い暖かい風を頭に感じながら、何時もの様に魔女の姿をした悪魔へ変わって行く魔法の鏡の中に映った自分の顔を見つめていた。
36色の煌めく街。お別れの会から男女の品評会へと向かう私の歩幅は広く、回転も何時もよりも早かった。彼女を思い出すと胸の高鳴りは止まらなかった。
魔女達が働く薄暗い館の中、彼女の指先はモノトーンの肌を愛撫するように優しく動き、熱い吐息の様な音を漏らしていた。
私も男に呪文を唱えながら彼女を目線で愛撫していた。
と、誰かに肩を叩かれた。振り向いたら満面の笑みで黒服が立っていた。
「ママがお呼びです」
「あ はい」
私は、魔法にかかりかけていた男を放って、この城の女王様が待つ部屋に入った。
そこには、怖い顔をした女王様が私を待ち構えていた。
「あなた お店の中でやってるんだって?」
どうやら、私を嫌う魔女に告げ口をされた様だ。
告げ口をされる事は、子供の頃から慣れていた。お腹を下してトイレでウンコしたことを好きな男子に告げ口されたことに比べたら、この告げ口は、あまりダメージは無かった。
でも、やってると言った表現には違和感を感じた。
「やってるって?」
「ここのお客様を相手に身体でお金を稼いでるでしょてこと」
それは、100パーセント真実なので言い返す言葉が見つからない。
「今まで指名を取る為にやる子はいたけど あなたはちょっと違うような気がする
の」
「違うって?」
「ただの男好き そうじゃない?」
「はい」
それは少し違っていた。15パーセントは真実だが後の85パーセントは寄生虫を養うお金のため。
でも、それを説明するのは面倒なので、つい即答した。
「こ 今度 やってるって分かったら辞めてもらうからね」
女王様も思いもよらない私の即答に言葉が見つからないようで、戸惑いながらこう吐き捨てて部屋から出て行ってしまった。
別に辞めてもよかった。それは、水死体の彼に呪われる決心さえつけば、当分の間はお金の心配は無くなると言う保険を持ってるからだった。
部屋から出ると、薄暗いフロアはピアノの音は鳴り止んで男と女の騒めきに変わっていた。
どこ?どこ?
私が、首を振って彼女の姿を探していた時、首筋に冷たい風を感じた。
振り向くと、その冷たい風と共に彼女が通り過ぎて行くのが見えた。
「あの?」
彼女が立ち止まってくれた。
「あの 今日 赤坂のホテルにいなかったですか?」
彼女は振り向きもしないで去って行った。
「いったい あなたは 誰?」
その日から約一ヶ月が過ぎようとしていた。
まだ私は、この店にいるし彼女との距離も、その日とは変わらなかった。
そんなある日。
遂に弁護士から出頭の電話がかかって来た。喪が明けるのは、まだ早いが遺産相続は早い方が良いのだろう。これは、私の希望的な観測でもあり、呪われる覚悟を決める日が来たと言う絶望的な観測だった。
弁護士との約束の朝。
相変わらず、寄生虫は私のお腹の下で丸まっていた。
「今日 ちょっと 出て来る」
「う うん」
弱々しい声。寄生虫の様子が少し違う様に感じた。
「どうしたの?」
「う うん」
「また 痛いの?」
寄生虫は無言でサナギの中へと潜り込んで行った。
「病院 行く?」
「いい」
「行ったほうがいいよ 暫く薬も飲んでないでしょ お金 机の上に置いておくか
ら」
「う うん」
昼下がりのアパートから駅へと続く道。
曲がりくねった路地を抜けると小学校がある。
前から授業を終えた子供達が楽しそうに、はしゃぎながら歩いて来た。
小さな頭に乗っかった黄色い帽子、小さな背中に背負ったランドセルには黄色いカバー。
懐かしい。ふと、昔を思い出した。
あの寄生虫は、小学校の同級生、勉強も運動もそこそこの地味な男の子だった。
でも、他の同級生達とはちょっと違っていた。それは、私をイジメなかったこと。
イジメられている私を遠くから見ているだけだったが、決して私をイジメることはなかった。
それは、彼も孤立していたからだった。
3年前、偶然、私の客として現れた。
客と言っても、銀座のクラブの客ではない。
音楽とダンスと薬物の巣窟の渋谷のクラブで一夜の契約を結んだ客。
彼は、歌舞伎町でナンバーワンのホストに変身していた。
イジメられっ子の私も男が喜ぶ肉体とテクニックを武器にしてお金を稼ぐと言った趣味と実益を兼ねた、ふしだらな女に変身していたからお互い様と言ったところだろう。
ドMの私とドSな彼、相性抜群の私達はそのまま長期契約を結んだ。
しかし、1年前、彼の肝臓が悲鳴をあげて、寄生虫になってしまった。
それは彼が、ナンバーワンになってしまったことがきっかけだった。
歌舞伎町でナンバーワンになれなかったホスト達はある時期が来ると歌舞伎町を離れて東京近郊の街で自分の店をオープンして経営者の道を選ぶ。しかし、ナンバーワンになってしまったらそうもいかない。店の為、そして、自分の地位を守る為にも身体を痛めつけて生きていかなければならない。
でも、その代償はあまりにも大きい。
それは、自分の命。
彼は何とか命は助かったが、ホストと言う天職を失った。
ホストしか取りえがない男には寄生虫になるしか選ぶ道がなかった。
しかし、彼は幸運にも寄生虫が好きな私と言う女に出会うことが出来た。
これが、彼のせめてもの救いだった。
私の胸の辺りを通り過ぎて行く無邪気な子供達。
遺産を使って、あの日に 戻れたらな。
つい、そう呟いてしまった。
昼下がりの曲がりくねった路地。
それは、曲がりくねった私達の人生に思えた。
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