第16話 現実、冷たい色と虫眼鏡


入院から一週間、不瀬は退院した。


病室は、来たと同じ、相変わらずの白色を主張していた。


少ない朝食を食べ、

荷物を片手に、小さい背中を丸め、

病院をあとにした。


帰りは電車だった。

公共の場

都会と比べると、まだ田舎だが不瀬には関係なく、

一度に10人以上をみることすら、久しぶりだった。


不瀬は、焦っていた。

額に冷や汗をかき、

手は湿り、

目は落ち着きをなくしたように泳いでいた。


時が止まったような病室から

出たばかりの不瀬にとっては、

そよ風も吹雪のように冷たく、刺さってくるように感じたのだ。


不瀬のおどおどした姿に、辺りの注目は

虫眼鏡を通過した太陽光の如く集中した。


見ないでくれ、そんな目で見ないでくれ。


パニック、

頭の中は真っ白だった。

耳のなかは、速いビートを刻む心臓の音でいっぱいだった。

それは、不瀬の好むテンポではなかった。


ホーム内のトイレに駆け込み、個室に籠った。

耐久度の低い精神は、オアシスに指を突っ込んだように、穴が開いていた。


トイレからのSOSサインは家族へ投げられた。


母親がパートを抜け出し、救難信号の元へ向かった。


「どうしたの?私仕事中だったのに」

母親は不瀬にそう声をかけたが、

最初の五文字でオーバーフローを起こし、フリーズしていた。

見えた景色は、青一色、B255だった。


どうしたの?という、抽象的で、幅の広い質問は、

興奮状態の不瀬の脳みそに負荷をかけた。


不瀬の口から言葉は出ず、

代わりに出たのが、目からの涙だった。


母親の表情は、エクスクラメーションマークが浮かび上がっていた。


疲労感で、両手いっぱいの不瀬は、

実家でシャワーを浴びた。

左腕は、ビニール袋に包んで上に挙げ、

水がかからないようにした。


自分の体と心の弱さを実感した。

一年前の私は、今の私をみて何を思うのだろう。

未来の私は、どうやって乗り越えたのだろう。

不安と疑問はダンスステップを踏んだ。


溢れる言葉は


あぁ....

教えてくれ

教えて下さい。

















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