警戒警報



 平成19年 8月



 沙羅達小学生にとっては楽しみな夏休みだが、今年はそう浮かれてもいられなかった。



「ちーたん、この星の飛行機は敵だからね、見つけてもおてて振っちゃダメよ」



「てき?」



 1歳7ヶ月の弟、千寿に中国軍機の写真を見せる沙羅だが、戦争中であるとかそんな事、幼子に分からない事はよく分かっていた。



「まあ空襲警報も全然鳴らんし、日本の防空は鉄壁だし心配ないかもだけど・・・・・・敵は結構しぶといみたいだし」



 一月前に開戦した日中の戦争は、核施設を迂闊に空襲しない等の日本軍の戦略もあったが、すぐに何かしら進展があるだろうという当初の目論見が外れ、人民解放軍の激しい抵抗の前に戦況は一向に進まずにいた。



(この世界の中共は前世同時期よりも明らかに強くなってる・・・・・・ロシアが裏で何かやってるっぽいのは分かるけど、もしかしたら、向こうにも転生者が居て、それがかなり有能とかでそれで・・・・・・考えすぎかな)



 しばらく考え込んでいると、千寿が姉の顔を叩く。



「ねーね、ねーね!」



「あ、ごめんねちーたん、どちたの?」



「ちーろ、ほちのてきやちゅけゆ」



「ふふっ、ちーたんがやっちゅけるかあ」



 小さな身体でファイティングポーズを取る弟が微笑ましくなり、沙羅は千寿をそっと抱きしめた。その時だった。



 ウウウウウウウウウウウウウ



「警戒警報?!」



 空軍のレーダーサイトが領空付近に敵機影を捉えた際に、対象地域に発せられるサイレンが鳴り響く。

 沙羅は手際よく千寿をおんぶ紐に括り、ガスの元栓を閉め、ブレーカーを落とし、すぐ近くの地下防空防災シェルターに向かう。

 シェルターへ着くと、実咲も母親と一緒に避難しており、場所を空けてもらう。



「あれ、沙羅ちゃん、お母さんはどしたんね?」



「あ・・・・・・買い物行っててまだ・・・・・・あの、おばちゃん、千寿をお願いしていいですか?」



「沙羅ちゃん、ダメよ、危ないよ!」



「でも!」



「おばちゃんが電話してみよか」



「あ、はい、お願いします!」



「えーと沙羅ちゃんママは・・・・・・おったおった」



 prrrrrr



「もしもし、林です、今のサイレン聞きました?あ、そうですか・・・旦那さんも・・・よかったよかった・・・・・・うん、沙羅ちゃんは千寿くん連れてこっちおりますけん安心してください、はい、はーい、どうもー」ピッ



「お母さん、避難してますか?」



「うん、パパもちゃんと避難しとるけん大丈夫だって」



「よかった・・・・・・やっぱりおばちゃんは軍人さんの奥さんだけん落ち着いてますね」



「ふふ、本当に沙羅ちゃんってたまに大人みたいな事言うねえ」



「あ、いや、えへへ・・・・・・」



 と、慣れない場所に来て千寿がぐずりだし、沙羅がよしよしとあやす姿を見て、この子の落ち着きぶりも凄いなあと実咲と母親は感心する。



「ねえ、沙羅は怖くないの?」



 その実咲の問に沙羅は千寿を抱っこで寝かしつけながら自然と答える。



「まあ、この日本の防空システムは私の前世の記憶とかを元にしてかなり鉄壁のはずだし、なんで警戒警報鳴ったか不思議なくらいで・・・・・・」



「ちょ、沙羅!ママは知らんとだけんね!」



「!!」



 だが、実咲の母親も色々と察して聞こえないフリをしてくれていた。

 そして結局、空襲もなくすぐに警報が解かれた事で、沙羅はまた千寿を連れて家へ戻る。




「ちーたん、何もなくてよかったねえ・・・・・・ってあれ、ねんねしたか」



 この日は何事も無く終わったが、この経験が後に生かされる時が来ようとは、まだ誰も知る由もない。





















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