なんで今
平成17年 1月末
沙羅が彼氏も出来て幸せを謳歌していた頃、博文が数日前に自宅で転倒し骨折したとの情報を聞き、両親に連れられ博文の入院中の病院へ向かう沙羅。
熊本県玉名市 有明総合病院
「博さん!」
「沙羅さん、大丈夫ですよそんな顔しなくても」
沙羅と博文の会話に両親も祖父母も違和感を覚えるが、慌てている沙羅も博文も気付かない。
「親父、沙羅ちゃんになんで丁寧語なんや」
「沙羅ちゃんも、博さんって・・・・・・」
祖父母に指摘され、転生の事を話そうかどうしようか迷う沙羅だが、博文は・・・・・・
「沙羅さん、もういいでしょう。皆、よく聞いてくれ・・・・・・かくかくしかじかまるまるうまうま・・・・・・というわけで、この話は家族以外に漏らさないで欲しい」
沙羅と博文の奇妙な関係について博文は語り、それは家族以外に口外してはならぬと言う。
「沙羅、本当に?」
母が問うと、沙羅は真顔で頷き話す。
「博さんは私・・・つまり私の魂が入ったエリザベスが日本に初めて来た時から、他人とは思えなかった」
「こんな怪我をする前に、昭和12年にエリザベス・・・沙羅さんと初めて行った横浜を見れて、後悔はないですね」
「博さん、もう・・・・・・」
「もうこの歳ですから、自分の足じゃ歩くのは無理だと言われました。ですが、井浦 博文、死んだわけじゃありません。言ったじゃないですか、沙羅さん」
「私が大人になるまでね・・・・・・そういや、あの時は私の介護してくれてたようなもんだし、今度は私が支えてあげるから」
いつもの方言でなく、標準語で語り合う博文と沙羅に、転生の話も半信半疑で聞いていた家族達も、二人の強い仲の意味を分かろうとしていた。
それから祖父母の家へ帰り、沙羅は改めて事の次第を話す。
「今は歳取っちゃったけど、あの頃は博さんの方が若くて・・・・・・」
前世の沙羅の事や、エリザベスに転生して博文との最初の出会いから、博文が結婚してエリザベスの元を離れるまでを思い出し、表情豊かに話す沙羅。
「そういえば、沙羅の名前って・・・・・・」
両親が、この世界の沙羅が生まれた時の事を思い出す。
他に幾つか候補があったが、なぜか最終的に沙羅という名前しか頭に残らなかったと・・・・・・
「因果か・・・・・・」
「沙羅は昔から無理に子供っぽくしたりしてると思ってたけど、そういう事だったのね」
「ママ、信じると?」
「これだけ話聞いたら、信じるしかないよ」
皆、ウンウンと頷く。それにしても、沙羅はなぜ、博文が今になってそれを話したのか疑問が残っていた。
「ねぇじいちゃん、博さんは何で今になって私の事、話す気になったんだろ?」
「んー、まあ今回の怪我で、あんな気丈に振舞ってたけど、実際は相当弱ってたのもあると思う」
「それで、私の顔を見て・・・・・・?」
「これまで、沙羅ちゃんがその話を隠し続けてたまに辛い思いをしていたことも分かってたんだろう。だけん、その時が来る前にと・・・・・・」
「その時って・・・あのバカ・・・昔から全然変わってない・・・・・・」
最後は離れて行ったものの、常に沙羅の事を気にかけ、自分の心配等後回しだった若い憲兵、秘書官の博文を思い出し涙を流す沙羅。
「その時なんてまだ早いよ、博さん・・・・・・」
普段滅多に泣かない沙羅が大粒の涙を流して泣き、母親が抱きしめる。
「大丈夫よ、沙羅が大人になるまで長生きしてくれるって約束したんでしょ?沙羅との約束をひいじいちゃん、破るわけないたい」
「ママ・・・・・・」
この後、退院した博文は車椅子生活となり当初は落ち込んでいたものの、沙羅の檄もあり徐々に元気を取り戻して行った。
沙羅と博文は家族の前では、昔の顔で話すようになったが、二人の関係は家族しか知らない秘密となった。
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