忍び寄る少女、動けない俺

完全に虚を突かれ、ハンマーで殴られたように一瞬頭が真っ白になる。

え、なに……パンツ……? 


『なんかパンツとか聞こえた気がするけど……気のせいですよね奥さん?』

『そりゃそうよ、若い女の子が初対面の男にパンツなんて言うわけないわ』

『そうですよね、気のせいですよね。あらやだ私ったら、恥ずかしい』

『もう、しっかりしてよ。うふふ』

『うふふふ』 

 

あまりに想定外の一言に、真っ白になった俺の頭では一人井戸端会議が開かれてしまった。脳内の奥さんたちが言うには聞き間違いらしい。


「まあ、とりあえず立てって」

「ちょっと、やめて近づかないで!」

 

気を取り直して俺が一歩踏み出すと、女の子は尻もちをついたまま後ずさった。


「なんで逃げるんだよ!?」

「君が私のパンツを狙ってるからだよ!」

「パンツて……」

 

どうやらさっきのは聞き間違いじゃなかったようだ。どういうことだよ、奥さん。


「見ず知らずの相手のパンツなんて狙うわけないだろ?」

 

というか、見知った相手であってもパンツを狙ったりはしない。


「パンツを狙ってる人は皆そう言うんだよ。やっぱり怪しいね、キミ」

「どこも怪しくねえよ」

 

なるほど、この女はどうあっても俺をパンツハンター認定したいらしい。

ていうか、皆って誰だよ。そんな危ないやつが統計とれるほどいるのか。


「なんだってんだ……」


とにかく、このままでは埒があかない。

ここは強引にでも立たせてさっさとこの場を離れてしまおう。

なんだか知らないが、関わっちゃいけない匂いがぷんぷんする。


「いいからほら、立てって」

「それ以上その手を近づけてごらん、警察を呼ぶよ」

「オーケー分かった。話し合おう」

 

スマホを取り出した女の子を刺激しないよう、俺はゆっくりと両手を上げる。

この国のポリスメンはとにかく女性に優しい。召喚されたらその時点でアウトだ。


「いい、動いちゃだめだよ」

 

女の子は視線を俺に合わせたまま、ゆっくりと慎重に立ち上がった。


「どんだけ警戒してんだよ」 

「うるさい。警察を呼ばれたくなかったら、両手を上げたまま後ろを向いて」

「お前が警察みたいになってるじゃねえか」

「いいからさっさと後ろ向く!」

「あーわかった。分かったから絶対そのボタンは押すなよ」

 

強調するようにスマホを差し出され、俺は仕方なく彼女の言葉に従った。

反転した俺の目の前には、当然だが俺が歩いて来た道が続いている。

 

幸い人影はなく、両手を上げたまま立ち尽くす奇行を人様の目に晒す心配はなさそうだ。


「ほら、これでいいだろ?」

 

興奮気味の女の子をこれ以上刺激しないよう、宥めるように話しかける。


「まだだよ、次はそのまま目を瞑って」

「いや、なんでだよ」

「いいから早くして。薄目でも開けてようものなら、明日から見る青空が塀に囲まれることになるからね」

「こえーこと言うなよ……」

 

ぞくっとするような低い声で脅され、俺は為す術なく両目を閉じる。


「通学路で両手の自由と視界を失うとは夢にも思わなかったよ」

 

というより、もはやいっそ夢であってくれた方が嬉しい。

自宅まであと少しというところでとんだ道草を食う展開になってしまった。

 

疲労のせいで腕を上げているだけでしんどい思いをしていると、背後から人の近づいてくる気配がした。


「あ?」 


俺を警戒してるなら逃げるんじゃないのか? なんで近づいてくんだよ?

小さな足音を伴ったその気配は俺の真後ろでピタッと止まる。

 

おいおい、刺されたりしないだろうな……?

知らない女に背中を預けることに言い知れぬ恐怖を感じていると、今度は後ろから腰に手を回される感触が伝わってきた。


「お、おい。何すんだよ」

「うるさい。抵抗すると警察呼ぶからね」

 

俺の問いかけを一蹴し、再度警告を促す少女。

警察という正義を突き付けられた俺が動けなくなるのを確認したのか、少しの間の後、少女はそのまま俺のズボンのベルトへと手を伸ばした。


「!?」


視覚が奪われたことで鋭敏になった聴覚が、カチャカチャという金属音と心なしか荒くなった少女の息遣いを捉える。


なんだ、何が始まるんだ!?


天下の往来で見知らぬ少女にベルトを外されるというシチュエーションに、色々な意味でドキドキが止まらない。

 

ダメだ、こええよ!

 

状況が処理できない俺が堪らず目を開けた、その瞬間──


「よっしゃああああ! 取ったあああ!」


少女の雄叫びと共に、勢いよくズボンがずり下ろされた。

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