変質者の集い
「うおおおおぉぉぉぉ!?」
咄嗟に両膝を外側に向けることでズボンの落下を食い止めるも、その拍子にバランスを崩し転倒してしまう。
熱された鉄板のように高温になったアスファルトにうつ伏せとなった俺の上には、必死の形相でズボンのウエスト部分を握りしめる少女の姿があった。
「なにしやがる!?」
どうにか抵抗を試みるが、体勢が悪い上に足にズボンが引っ掛かってまともに動くことができない。
「抵抗しないでよ! 警察呼んじゃうよ!」
「まだそれで止められると思ってんのか!? むしろ呼んでくれよ!」
もはや冤罪を恐れている場合ではない。ズボンを足首まで引き下ろしパンツにまで手を掛けてきたこの女を止めなければ、学生から露出狂に強制ジョブチェンジさせられてしまう。
てか、なんだこいつ変質者か!? 変質者だったのか!?
「ヤラれる前にヤッてやる! 手を離してよ!」
「止めろ! それ以上引っ張るな!」
「うるさい! 黙ってパンツ寄越せえええええぇぇ!」
「止めろおおおおぉぉぉぉ!」
何故こんな状況になったのかを考える余裕もなく、俺自身を守る最後の砦の死守に全力を傾ける。というか、考えたところでどうにもならない。奪われたらその時点で終わりだ。
パンツを引き上げる俺と、引き下げる少女。そんな一進一退の攻防に歯止めをかけたのは、聞き覚えのない女の声だった。
「ふふふ、見つけましたわ」
声のした方向に目を向けると、見るからに高級そうな黒塗りの車から女の子が下りるところだった。涼しげな白いワンピースに日傘を装備し、後ろにはガタイの良い黒服を一人引き連れている。
映画やドラマで見るような、ザ・お嬢様といった風格を漂わせたその少女は、口元に笑みを浮かべながら俺たちの方に歩み寄って来た。
「ごきげんよう、橘さん。探しましたわよ」
「藤堂さん……?」
藤堂と呼ばれた少女は、取っ組み合う俺たちの傍らで足を止めた。
新たな人物の登場を機に、俺のパンツを引っ張る力が弱まったが、依然として有利なポジションを奪われているため抜け出すことができない。
「次から次へなんなんだよ」
当然の疑問が無意識に口を割ったが、二人の少女はお互いを見据えるばかりで俺の言葉に応えようとはしなかった。
状況はサッパリ分からない。がしかし、変質者に襲われパンツを奪われようとしいている俺にとっては、今しがた現れたこのお嬢様が救いの存在となるのは間違いない。
やけに殺伐とした空気が漂っているのは気になるけど、こいつだって知り合いの前で男の下着を剥ぎ取ることはしないだろ。多分。
助かった……と、俺が心の中でお嬢様に感謝していると、
「それでは橘さん、貴方のパンツをいただきますわよ」
さも当然のように、お嬢様は俺の期待を粉々に砕いた。
またパンツだと……!? こいつも変質者なのか!?
蜘蛛の糸をあっさりとちょん切られ気落ちする俺を余所に、俺のパンツを握りしめたままの少女は平然とした口調で、
「藤堂さん、1つ聞いてもいいかな?」
「あら、何かしら?」
「その後ろにいる人は誰?」
お嬢様の背後で直立する黒服男を見据え、質問を投げかけた。
「誰って……パントナーに決まってるじゃありませんか。ルールは把握されてまして?」
「もちろん知ってるよ。それよりも──ああ、そっか。その人が藤堂さんの選んだ人なんだね」
会話に上げられた当の黒服が表情を動かさない一方で、俺を襲う少女はどこか納得したようにそう言うと、すっと俺のパンツから手を離した。
おっ? なんか知らんが解放されたぞ。
拘束が解けた俺はすぐさま立ち上がり、ベルトを締め直しながら今一度状況を把握するために周囲に目を向ける。
俺を取り囲んでいるのは、俺と衝突した少女(変質者・確定)、お嬢様(変質者・暫定)、黒服(変質者・どうせ)、黒塗り(高級車)……ううむ、ワケが分からないよ。
「さて、聞きたいことはそれだけかしら? こう暑いと汗をかいてしまいますし、もう始めてしまいたいのですけれど」
「そうだね、もういいよ」
俺が頭にクエスチョンマークを浮かべている間にも、二人の変質者の間でどんどん話が進行していく。
「ごめんね。私、勘違いしてたみたい」
さてどうしたもんかと俺が立ち尽くしていると、隣りに立つ少女が俺に頭を下げた。
「勘違いと言われても、何1つ分からんのだが」
何をどう勘違いしたら初対面の相手のパンツを奪い取るという流れになるのだろうか。
「ごめんね、今は説明できないんだ」
「ああ……そうなんすか」
口元に苦笑いを浮かべ、再度謝罪を口にする少女。
「ここにいると迷惑掛けちゃうから、もう行っても大丈夫だよ」
少女はそう言うと、視線を俺からお嬢様に移した。
どうやら、部外者は帰れということらしい。勝手に襲い掛かっておいてなんて勝手な言い草だとは思ったが、事実部外者なので何も言い返すことができない。
「まあ、そういうことなら」
丸っきり状況が分からないし、正直これ以上関わりたくもない。
……よし、帰ろう。
そそくさとその場を離れようとしたとき、俺はあることに気付いてしまった。
「お待たせ、藤堂さん」
お嬢様と対峙した少女。声色こそ平静を装っていたが、少し視線を下ろすと、その足は小刻みに震えていた。
お嬢様・黒服と対峙する少女の小柄な身体は、不安に押しつぶされようとしているかのように更に小さく見える。
「……お前、困ってんのか?」
少女の目に不安が宿っているのを感じたとき、俺の口から自然と言葉が漏れた。
「困ってんなら、俺が助けてやる」
キミのパンツで慰めて! 来夢 @limeorange
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