出会いは突然に

「あぢい、死ぬ」

 

稽古とエネルギー補給が終わり、時刻は19時過ぎ。

7月半ばということでお天道SUNも連日本気を見せており、陽が沈んでも暑さは全く和らぐ気配がない。

 

道場から自宅までは徒歩で20分程度の距離にあるのだが、なけなしの体力は一歩進む度に削られ、その道のりは果てしなく遠いものに感じる。例えるなら、毒状態のまま延々と草むらを歩き続けるようなものだ。目の前がまっくらになりそう。


「風呂、飯、ベッド」

 

暑さと疲労で意識が朦朧とする中、欲望を力に変えて足を動かす。

常日頃から稽古で肉体を追い込まれてはいるが、癒しの場所となるはずだったリビングで精神まですり減らされたのは想定外だった。


そもそも、俺・大瀧賢将(ケンショウ)が高二という貴重な時間の多くをあの道場で費やしているのは、一部師匠にマネされた通り、4年前に自ら志願して弟子入りしたことに起因している。

 

中学に上がったばかりの頃、とある事をきっかけに己の力の無さを痛感した俺は、守りたい人を守るため、守れる自分になるために日々稽古を続けてきた。

 

高校生にもなり、以前と比べたらかなりマシな身体つきになったとは思うのだが、問題は稽古の成果を発揮する場面が一度も訪れないことだった。

 

自分磨きに精を出す恋に恋する少女のように、守るべき相手と出会えない俺はステータスばかりが上がっていき、一向に本来の目的が果たせずにいる。


「どこにいるのかね、俺が守る相手は」

 

まだ見ぬ相手を夢見ながら、自宅への近道となる路地へ足を踏み入れる。

その時だった────


「きゃっ!?」

「うおっ!?」

 

突然視界に影が入り込んだが、それを人だと認識した時にはもう避ける余裕は無かった。

勢いよく正面からぶつかってしまい、胸元から小さな可愛らしい悲鳴が聞こえて来る。


「おっとっと」

 

足に力を入れ、後方によろけそうになるのを堪える。

日々トレーニングを積んだ俺の身体は難無く水平を保ったが、俺と衝突した女の子は尻もちをついてしまっていた。


「……っ」

 

少し顔を歪め、自分の右手首を気にしている女の子。

もしかしたら、転んだ拍子に痛めてしまったのかもしれない。


「すみません、大丈夫ですか?」

 

目の前で座り込む女の子はパッと見ただけで分かるぐらいに整った顔立ちをしていたが、今はそんなことを考えている場合ではない。

守りたい人を守るどころか、見知らぬ女の子を転ばせてしまった。なんたる不覚。


とりあえず立たせてあげないとマズイなと思い、俺が紳士的に左手を差し伸べると、その手がパシッと払いのけられた。


「な、何するの!?」

 

女の子は慌てた様子で、両手でスカートの裾を押さえている。

この状況で顔を赤らめてそんなことを言われると、一気に俺の変質者度が増してしまう。

 

一応紳士のつもりだったのに、失礼なやつだな。


「何って、見れば分かるだろ」

 

そう言って再度伸ばされた俺の手を見て、女の子はさらに表情を険しくした。

心なしか涙目で、女の子は座り込んだまま俺を睨んでいる。いや、なんでだよ。

 

空中で行き場を失った左手を仕方なくグーパーさせていると、女の子は俺の想定を遥かにぶっちぎった一言を放った。


「やっぱり! 私のパンツを奪い取るつもりなんだね!?」

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