第6話 勝利
南京府荒田区瀬世良川254‐6 カモノビル地下2階 星野待つ
一時間程でサクッと行けてしまうようなビルは、まるで星野が監視しているような距離だと不思議と思えた。エスカレーターを駆け上り、特急電車を渡り次いで、裏路地の狭い小道を走った。
ガタガタときしむエレベーターに乗る。B2Fのひびの入ったボタンを押す。余計な音を立てながら下へ下へ向かっていく。私は、とっさに来てしまって忘れかけていた恐怖心が蘇ってくるのが分かった。その気持ちをあふれ出すまいと、素人ながらに身構えた。
扉がやけに静かに開いた。目の前には、社長椅子に座ってドンと構える男がいた。
「お前、誰だ?」
重厚感のある問いに身をひそめてしまう。
「あん?」
圧力を強めてくる。答え返すしかない。
「あなたを底辺に堕とした者の孫です。」
睨みつけた表情が不気味に揺るむ。そして、万年筆でこちらを差しながら
「お前を殺すのを夢見ていた。」
と脅した。男は、力強く立ち上がり私に向かって歩いてきた。
殺される。どことなくそう感じた。
あの万年筆にさされるのだろうか。
どんどん近づいてくる星野。その威圧感もまた引っ提げてくるのを感じ取った。
しかし、なぜだろう。恐怖心が伴ってこないのだ。
「この万年筆のインキは、ただのインキじゃねぇ。体内に入れば、すぐに死ぬインキだ。お前の爺さんは、このインキを見てたじろいで逃げていったさ」
嘲笑する星野。相変わらず圧力は上昇している。しかし、気が付いた私もそこにいた。
「お前、殺しをしたことないだろ」
「な、」
固まる星野。威圧感に包まれた小者が表に出た瞬間だった。
これこそが恐怖心に誘われなかった根本だった。
「そんな脅しじゃいくらいい武器でも人は殺せんよ。何より面白くない」
気が付けば一人になっていた。
私は暗殺術と偽装工作を身につけていたからこれくらいは楽勝だった。
しかし、今回は仕事ではない。
報酬が無いのが少し悔しい。
「これくらいの人物なら、筋によっちゃ250万はくだらないのに」
私は、珍しく金に執着した。
「250? いやいや、私たちなら2500は出せるね」
静かに開いたエレベーターから細身の男が一人。私は警戒心を高め構えた。
「僕は君の敵じゃない。どちらかといえば、味方だ。金田センセイの二世、金田公一議員の秘書をしている。加藤だ」
私は不思議な気持ちになった。
「なんだって、良き頃合いで出てきたな」
「いやいや、監視してましたから。星野を」
「いつからだ? まさかずっと?」
「はい、あなたのお爺様が殺されかけたあの日からです」
どこか陰湿なものを感じた。これは、殺し屋として、孫として、首を突っ込むべきではなかったと後悔に染まった。
「これで、私たちもあなたたちも星野の呪縛から解き放たれました」
「呪縛?」
「ええ。金田センセイはそう呼ばれてました。国議会での意志を金田を通じて星野は牛耳っていたのです」
政治に興味はなかったが、これから大荒れになることぐらい私にもわかった。
「好きな額、この口座に振り込んでくれ。多いと助かる。それじゃ」
小さいメモ紙を加藤に渡した。
「私たちの元で働くのは、どうでしょうか?」
加藤は勧誘した。
「悪くないとは思うが、飼われるのが嫌になってきてね。気が向いたら電話する」
私は、星野だったものを置き去りにして地上へのぼった。
祖父のことは、好きだ。しかし、昔からどこかかっこ悪いと思っていた。それが、今わかった。彼は星野と同じ、小者だったのだ。そして、殺し屋としてのスキルは豊富の自分も小者だとわかってしまったのだった。
祖父と指と闇 藍咲 慶 @windwindow39
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