第13話 親譲りの面倒くささ
「ごめんねえ、れいかちゃん、そうなのよ。家の前でぼーっと突っ立てるから不思議に思って声かけたら、急にバタンって倒れちゃって。熱中症一歩手前よ。今ベッドで寝てるから。え?そう?場所わかるよね?本当?そうよねえ、今日誕生日だものねえ。ありがとうね、れいかちゃん。じゃあ後で。待ってるわ」
お母さんが目の前で、電話を切った。
私は自分の布団の中でタオルケットをかけて震えていた。
「大丈夫?」
お母さんが優しく頭を撫でてくれる。
「あんた、いつも無理して限界まで我慢しちゃうからねえ。どうしたらいいものか…」
お母さんが、いつになく私と会話をしてくれる。
「お父さん、の、話聞きたい」
声はいくらか普通に戻っていた。私はタオルケットから目だけ出してもぞもぞしながら聞いてみた。これでも十分甘えてる。
「えー?お父さんのー?何を急に」
「だって、今日私の誕生日だから。お父さんその時どうしてた?」
「りおが生まれた時?そうねえ、お父さんは…」
お父さんは、私が生まれて6ヶ月後に皮膚ガンで亡くなった。若い時のガンというのは、全身に転移するのが早いらしくて、気がついた時にはもう手術をするとか抗がん剤で治療するとかのレベルではなかったと聞いた。お父さんは一生懸命私との時間を持ってくれて、そして、私はお父さんの愛を一身に受けながら、お母さんと二人だけでこの世に取り残された。
「私が結構素直じゃなかったから、お父さんは苦労したと思うよ?」
「え?お母さんが?」
「えへへ。私だって若い時あったんだから。お父さんはすごく積極的で、私はいつもドキドキされっぱなしだったなあ」
ぽいっとおせんべいを口にほおりながら話すお母さんは、なぜか私と同じように幼く見えた。
「りおが生まれた日ね、お父さんはその日ちょうど私に内緒で病院で検査を受けてた日だった。ガンかもしれないって言われて、精密検査を受けてたらしいの。それなのに、私は予定日前に家で急に破水しちゃったから病院に一人でタクシーで行って。未だに…あの時の運転手の本間さん…前に一度会いに行ったわよね?いまだに年賀状送ってるわよ。あの時本当に色々してもらったしね。で、りおが生まれるまで本当にあっという間だったから、他の病院にいて携帯を切っていたお父さんは間に合わなくてね。私その後すごくお父さんに怒ってしまったの。りおに会わせる前によ?お父さんは、すごく悲しそうな顔をして、ごめん、ごめんって何度も…何度も謝ってて、私、お父さんがガンの告知を自分で聞いた後だなんて全然知らなくて…」
お母さんはここまで言って、出かかった涙を我慢できずに泣いてしまった。
私は随分前にこの話を聞いたことがあった。でもその時は、お母さんを責める気持ちでいっぱいで、何も言えなかった気がする。お父さんは、家族が身重だからもし万が一命に関わる病気なら今すぐに言ってくれと医師に詰め寄り、独りで告知を受けることになったのだと聞いた。強い人だと思った。
「お母さん、素直じゃなかったんだ?」
「うん、そうだね。一人で不安だったの、そばにいて欲しかったって素直に言えばよかったのに」
「そっか」
「…りおは本当に不思議な子だね。何か自分に自信がありそうなことを言うのに、根っこはゆらゆら揺らいでいて。誰かに認められたいって気は全然なさそうのに、いつも何かに飢えているように見えるよ。…やっぱりお父さんがいない影響なのかしら。お母さんだけじゃやっぱり頼りないよね。ごめんね、りお。」
「またそういうこと言う。いい加減怒るよ。私が面倒くさいのは単にお母さんに似てるだけだから」
「そうだね、りおもお母さんに似て素直じゃないもんね。でも、好きになった子には、勇気を出して素直になった方がいいと思うよ。さっきまで誰かと会ってたんでしょ?さっきバッグを下ろした時にこれが落ちてきた。家でよかったね、外だったら絶対なくしてたよ」
お母さんは、乃木先輩の小箱を私に差し出した。ああ、先輩は、私の知らないうちにバッグに入れてたんだ。
そっと箱を開けてみた。右に、首を傾げたように寄って申し訳なさそうに縮こまっている月のペンダント。そして…さっきは気がつかなかったけど、台に紙が挟まってる。
ニヤニヤしながらキッチンに行ったお母さんを見届けて、その紙を取り出した。
小さく乱暴に幾度も畳まれた紙を丁寧に広げていくと、ノートを手で破った切れ端に、即興で書いたシャーペンで殴り書きのような文字が現れた。
「何でも言うこと聞く券」
昔母の日のプレゼントに作った、肩たたき券のような。有効期限も、何に対して有効なのかも何も書いてなかった。ただ、何でも言うこと聞く券。この券を差し出せば、何でも言うことを聞いてくれるのだろうか。でも、何のために?
私はネックレスを着けて、ポーチから取り出した手鏡に映してみた。小さくてかわいい。こんなかわいいアクセサリー、どんな顔して買ったのか。一人で決めて買ったのかな。仲がいいって言ってたお姉さんに頼んだのかな。恥ずかしかったかな。私のために、選んでくれたのかな。あんなセリフ、前から言うつもりだったのだろうか。あんなこと、前からするつもりだったのだろうか。
私は、唇に手を当てた。ファーストキス。私は、ほんのさっき、胸が焼かれるくらい好きな人とキスをした。でもこの先どうなる?私はたくさんの問題を抱えたまま、乃木先輩に告白できるのだろうか。この何でも言うこと聞く券を私が使う日が来るのだろうか。
れいかが家にケーキとプレゼントを持ってきてくれて、この日は結局お泊まり会になった。れいかの玲先輩とのイチャラブ話はハードルが高いながらも楽しかった。どこにデートに行ったとか、どんな風に優しくしてくれたとか。玲先輩はれいかの話を聞いている限り、義理で付き合っているわけではなさそうだった。遊びで付き合っているようにも思えなかった。それは、二人ともよくケンカをする、と言う話を聞いたからだった。
「ケンカ、するんだ」
「するよね、普通」
れいかの言う普通とは、今まで私の普通ではなかった。でも、普通のカップルはケンカをする。うん、普通だ。ケンカしないカップルがいるとしたら。それは、きっとどっちかが無理をしてるんだろう、と言う結論に至った。
この夜は乃木先輩からたくさんの着信があったが、とても話をする気持ちにはなれなかったから、ラインで正直な今の気持ちを書いて送った。とにかく落ち着いて考える時間が欲しいと。乃木先輩からは、ごめん、心配してる、わかったと立て続けに返事が返ってきて、れいかから冷やかされた。
「もう付き合ってるのと同じじゃん。爆発もカウントダウンだね」
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