第8話 牽制と嫉妬

「お嬢、って智樹に呼ばれてる1年の子だよね?」

玲先輩は、薄型コンドームの箱をカウンターにぽすっと放り投げて、カウンターに立っている私の目を冷ややかに見つめながらそう言った。

私は内心すっっっっっっごくビビってたけど、目をそらすのも癪だし、にっこり笑顔でレジ対応してやった。コンドームを紙袋に入れながら。わざと中身が透けるようにコンビニ袋に直接入れてもよかったけど、なにせリベ禁中なもので。

「何でこの場所、知ってるんですか?」

「何でって、調べたから」

残念ながら偶然じゃないのは、確定した。

「お客様、何か私に個人的な用事があるのでしたら、仕事が終わってからでよろしいでしょうか?」


玲先輩は、本当に私のバイトが終わるまで2時間、外で待っていた。乃木先輩から携帯にメッセージが入っていたけど、読む場所と時間がない。

蒸し暑い五月の夜。片手にはコンドームの入ったレジ袋。ガードレールに座って遠くを見ている綺麗な顔。なんかどっかのブランドっぽそうなオシャレ服。後ろで短く結んだ髪〜からの少しほどけたサイドの髪に思わず見とれてしまった。この人も御曹司系なのだろうか。うちの高校はこういうの多そうだ、と今更ながら自覚した。完全アウェーだ。理由はともあれ、この美形が私を待っていてくれたのだ。勘違いのままでいいから、これを自身の自己肯定感につなげていいかどうか、後でお父さんの仏壇に聞いてみたくなった。


「お待たせしました。どこで話しますか?」

「家まで送りながら話す。歩いて帰れる距離だよね?」


これ以上酷いいじめに遭いたくない。誰にも見られないことを心の中で必死に手を組んで祈りながら、私と玲先輩は横並びで歩き始めた。廃棄のおにぎり、、、なんてこの人絶対食べないだろうなあと思いながら。

「あんた、智樹の何なの?」

「私にもわかりません。ただ、変なきっかけで乃木先輩の恋愛相談に乗ってるだけです。コーヒー牛乳と引き換えに」

「恋愛相談って。誰が誰に恋愛してるのさ」

「えっと、乃木先輩が私の友達のれいかに、です」

「え?あいつが好きなの、あんたじゃないの?」

「私…ですか?違いますよ。恋愛相談に乗ってるって言ったじゃないですか。乃木先輩が好きな人が私だとしたら、本人に告白するための恋愛相談なんておかしいですよね?」


言葉は、強い。時にとんでもない力を発揮する。本当に。仮の話だとしても、それを自分の口から出て、それを自分の耳で聞くことが、こんなにも激しく動揺するものなのかと改めて気づく。私は、自分で言った「乃木先輩が好きな人が私だとしたら」という言葉に自分で一瞬にしてショックを受けた。この動揺は玲先輩に今悟られたくない。


「俺たち、来年受験なんだよね。恋愛なんてしてる暇ないんだけど」

「私に言われても困ります。それに…乃木先輩とれいかは両思いなんです。明日にでも乃木先輩が告白すれば、乃木先輩はれいかと付き合えるのに、乃木先輩はなぜか尻込みして色々私に相談してきます」

「相談…ね。俺、一応あいつの親友だと自分で思ってるんだけど。それなりに世話になって恩義も感じてる。でも、あいつは俺には何も言ってこない」

「あー。それは男子特有のやつですね。男子ってそういう相談、同性にはしないんじゃないんですか?私の知り合いの人もよくそう言います。男は自分のことあんまり他人に話さないって」

「じゃあ智樹は何であんたに相談するのさ?」

「それは…知りませんけど、成り行き上です」

「俺は正直、気に食わない。俺という人間がそばにいるのに、何でこんな変なモッサい女に相談するのかわからない。何、お嬢って。しかも、そのれいかって子が好きって話も全然聞いてない。両想いって、あいつに言った?」

「言ってません。それは言っちゃいけないと思うから」

モッサい女が美形に楯突く。ああ、あまり美しい絵ではない。

「ふうん。じゃあ、俺から言ってもいいよね、それ」

「え」

玲先輩は、笑顔で私の肩を叩いてレジ袋を私に押し付けた。

「これ、あんたにあげる。それから、俺があいつに両思いだって伝えるから、もうあんたの役目は今日で終わりにして」

玲先輩は、携帯を取り出して、私の家の前で駅の方向を探し始めたらしかった。暗闇の中で、青い光が先輩の顔を照らしている。怖かった。

「嫉妬、ですか。それは」

私はいらないことを言うのが大の得意だ。

玲先輩は、携帯から顔をあげる。

「乃木先輩が、あなたではなく、私に相談するのが気に入らないんですね。でも、私はあなたから乃木先輩を取り上げたつもりなんてないし、相談してきたのは乃木先輩からです。そもそもあの二人が付き合い始めたら、それこそ私もあなたも蚊帳の外です。何離れか知りませんけど、例え他人を蹴落としてもあなた自身がその位置に座れるわけじゃないですよ」


玲先輩はしばらく私の顔を無表情で見ていた。ゆうに6秒はあった。早く。早く。トイレが漏れそうな子みたいに見えてもいいから、ダッシュで家に入りたい。怖い。

「あいつ、今日そのれいかって子に会ってたみたいだよ」

「そうですか。送っていただいてありがとうございました」

「バーカ!」

玲先輩はいきなり大声を張り上げた。背中越しの罵声に振り向きもせず、私はさっさとアパートの外階段を駆け上り玄関の鍵を開けた。ああ、またリベ禁を破ってしまった。ニヤリと笑った玲先輩の冷たい笑顔に思わず動揺したのだ。私がすっとずっと否定し隠し続けていた気持ちを自分に確認させられたのだ。たった今、同じく私の言動に動揺した玲先輩によって。


ああ、乃木先輩が好きなんだ。私。どうしよう。私には山本さんがいるのに。先輩はれいかが好きなのに。

コンドームのレジ袋を抱えたまま、暗闇の玄関で座りこけた。

その乃木先輩は、多分本当にさっきまでれいかと会っていた。ハッとして掴んだ携帯には、その先輩から明日話がしたいと短かいメッセージだけが浮かんでいた。れいかから連絡は何もなかった。

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