第7話 決闘、尋問

「そういえばさ、私に告白してくれる予定の乃木先輩から封筒を受け取った話したっけ?」

れいかが〝分厚すぎてごめんなさいコロッケパン〟をくわえながら話を始めた。れいかの場合、コロッケに到達するまでにお腹がいっぱいになってしまいそうだった。私はパンをちぎって自らの口に放り込んだ。れいかはありがとうと嬉しそうにコロッケを頬張る。

季節は初夏。もう中間テストも終わり、二年生は修学旅行に行っていた。北海道とか、羨ましすぎる。アンビシャスな体験は私も来年できるのだろうか?

「え?ラブレター?私何も聞いてないけど!?」

「ラブレターじゃないよ。入学してすぐに書いた進路相談の紙。私落としてたのよね。気がつかないうちに。で、なんか先輩が拾ってくれたらしくて、クラスまでわざわざ来て届けてくれたんだ。クラスの女子が騒いじゃって大変だったよ。本当に優しい先輩だよね!…なんでりお、あの時いなかったんだっけ??」

「それっていつの話?」

「うーん?えへ、覚えてない。ちょっと前かなあ」


その日、私は初めて自分から先輩を呼び出した。中庭だとこの前大声を出した時みたいに目立つからと思って、体育館の裏にした。最初からここにすればよかった。桜の木はないけど、ケヤキの木がさらさらと枝を擦らせて爽やかな季節を演出していた。遠くで、運動部のマラソンの掛け声がする。体育館の中は、剣道部の練習で張り詰めた雰囲気が外ににじみ出ていた。


「体育館の裏に呼び出しとか、いよいよ決闘かと思った」

先輩は、まだ心持ち機嫌が悪いように見えた。呼び出しはまずかったかもしれない。たかだか1年が。

「決闘…そうですね。それに近いかもしれません。何だか大声を出しそうな気配を自分に感じたので。わざわざ来ていただいてすみません。どうしても…聞いておきたいことがあって」

「お嬢から質問?中庭で一緒に座るのも嫌な先輩なのに?」

何かいつもと違う。やっぱり何か怒ってると感じる。どうしようか、聞くのやめようか。でも、平行線のままいつまでも乃木先輩とれいかが両想いであることを隠したまま、中庭で会い続けるのもおかしいと思った。建築科のある大学を私が調べてしまわないうちに、先輩にすぐにでも行動を起こして欲しかった。

「あの、なんでれいかが落とした進路相談の紙を渡すついでに告白しなかったんですか」

先輩は、驚いたような顔をした。そして……ため息をついて、腰に手を置いた。

「それ知ったのいつ?今日なの?…随分前の話だけど。だって、その時はまだお嬢からのレクチャー受け始めた頃だったから、時期早々だと思ったんだよ。こういうのって作戦立てて行動しないと、その場だけの行き当たりばったりな判断じゃ成功しないでしょ?」

「そりゃそうですけど…すごいチャンスだったのに。好きな人の進路相談の紙を拾うなんて」

「だよなあ。後から俺もそう思った。でも、まあ、うん、思いがけなく降ってきた出会いだったし、自分はラッキーだったとは今更思う」

意味がわからん。そして先輩からまた自然にコーヒー牛乳を手渡された。何も考えなしに手を伸ばし、一瞬お互いの手が触れた。瞬間、私の神経が一気にその点に集中したみたいな感覚に襲われた。男の人に触られるの、私苦手だったのに。ここから自販機遠いのに。わざわざ買いに行ってくれたんだ。自分は飲まないくせに。決闘かと思ってたのに。

「…ありがとうございます。決闘なのに」

ちょっと自然に奢ってもらいすぎだと、自分で気がついて恥ずかしくなった。

「いーえ。アイスは外でないと買えないしね。まあ、進路相談の紙は先生に渡すって手も、もちろんあったよ。でもお前らの担任の福原、俺嫌いなんだよね。昔から偉っそうでさ。だからとりあえず本人に直接渡そうと思って」

「まあ、私も嫌いですけど。ふくちゃんは偉そうじゃなくて偉ぶってるだけなんです。他の先生とのマウント対決に必死なだけなんで、許してあげてください」

「お嬢も嫌いなら話あうじゃん。じゃあ決闘終わり」

いやいや。まだ話は始まってもいない。

「あの、いつ、告白するんですか。先輩、全然私のアドバイス聞いてないし、そもそもレクシャーとか必要なんですか?先輩はなんか全然恥ずかしがり屋とかじゃないし、友達も多そうでコミュニケーション能力高そうだし、頭も悪くなさそうだし、御曹司だし、そもそもイケメンだし、話もだんだん脱線してくるし。なんなんですか。暇なんですか」

「お嬢は俺のことそういう風に見てくれてたの?」

「いや、まあ、だってそうじゃないですか。先輩スペック高いのに」

私は言っている側から、不吉な想像してしまった。

「…まさかれいかへの告白って、罰ゲームとかじゃないですよね」

「待った!誤解するな!それはない!絶対罰ゲームとかじゃないから!」

先輩のくるくる変わる表情に戸惑っているうちに、後ろから声がきこえた。

「こんなとこでなにやってんの、智樹」

「レイ」

先輩の名前が智樹だって知ったのは、この時が初めてじゃなかったけど、ドキッとした。名前呼びはいつもプライベートに足を突っ込んだような気分になる。

レイ、という先輩らしき人は、ポケットに手を入れたまま、無表情でこちらへやってきた。顔、綺麗。長めの髪は、乃木先輩の髪型にちょっと似てる。こんな綺麗な顔の男の人がこの学校に居たんだ。でも少し怖い雰囲気の人で、正直関わりたくない感じを受けた。先輩の友達だろうな。

「もうすぐ決闘終わるから、玄関で待っててよ」

「決闘?」

私はずっと下を向いていたが、沈黙にちらりと視線を向けると、レイって人ががすっごいガン見してる。ちょっと、怖い。

「あの、もう決闘は終わったんで。心配しないでください、私が負けたんで」

言い終わらないうちに、二人の間をすり抜けて走り逃げた。なんか、今日嫌だ。

「待てよ、りお!」

「すみません、今日バイトなんで!」

背中の声が私の髪をつかんでいるみたいに感じた。右腕で懸命に空気を振りほどく。嫌だ。なんだろう、この感じ。わからない。しかも何で今日に限って名前呼び?


れいかに、ラインでまた素直に聞きたいことを聞いた。

「れいか、レイって名前の、御曹司先輩の友達知ってる?」

「今度は御曹司先輩なの?全く。知ってるよ、玲先輩、超有名じゃん。イケメンだけど冷たい感じのする人だよね。乃木先輩といっつも一緒にいるじゃん。知らなかったの?」


あ、確かに私は知っていた。なんとなく綺麗な顔立ちの人って、同じレベルの人で固まりやすいのかなとか。れいかとのラインは、この時はそれで終わった。そして、玲先輩はその夜、私のバイト先のコンビニに来た。多分、遅かれ早かれ来るんだろうなとは思ってたけど。バイト先は乃木先輩から聞いたのか。

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