第5話 質問力

「れいかはね、なんでかいつも私と同じ芸能人を好きになるんです。れいかは顔で選んで、私は漢字力で選ぶんですけど」

「漢字力?何それ」

「まあ、クイズ番組とかで答えを書く時、漢字書けずにひらがなで書く人っていますよね。それにそもそも答え間違ってたり。そういう人が多い中、答えが違っていても綺麗な字でちゃんと漢字が書けるイケメンが好きなんです。あと、箸づかいや食べ方が綺麗なイケメンとか。私はテレビを見ないから、それも含めてれいか情報なんですけど」

俺様先輩は相変わらず私を放課後呼び出した。ラインのIDなんて教えなければよかった。それでも私が忙しいからやめてほしいと言った夜間は絶対にこなかった。いつも昼休み頃にピコンと通知が来る。

「顔がいいから芸能人になってるわけで、そこはデフォルトじゃん。そしたらそれって『イケメンの中で、頭の良さと育ちの良さのレベルがどうか』って話だよね?結構ハードル高くない?」

先輩が話しながらコーヒー牛乳を渡してくれる。隣に座ってくるのにも慣れた。

「あ…ありがとうございます。それは確かにあってますけど、これはれいかの好みじゃなくて私の好みだから今関係ないですよね?それに先輩はイケメンだから、別に劣等感を持つ必要はないと思いますが」

「あ…ありがとうございます。ふふ」

真似された。つくづく変な会話だ。

最近は、れいかの好きな食べ物や好きな映画、好きな本や好きな漫画とかを細かく聞いてくる。知らない内容は次回までの宿題にされた。

「片栗粉は好き?」

「一体どこから出てくるんですか、その質問。…大福についた片栗粉なら、きっと好きですね、れいかは。私もだけど。あ、竜田揚げもいいかなあ、カリカリで。お弁当に入れる時冷めてもお美味しいし、揚げやすいから」

「お嬢、自分でお弁当作ってるんだ、偉いじゃん。じゃあ、京極夏彦は?」

「絶対読んだことないと思いますよ」

「お嬢は好き?この作家」

「好きです!何冊か持ってますけど、映画になったやつとか。いつもしてる革のグローブが可愛いですよね、おじさんなのにあの人…あの、こう言うことが本当に聞きたいことなんですか?れいかは俺様大好物だから、別に攻略法を知らなくても、先輩はそのままで十分に行けると思うんですけど」

「それじゃ意味ないんだよ。男は常に獲物を追っていたいものなの。すぐ手にできる獲物じゃなくて、じっくり作戦を練った後に見事ゲットするっていう達成感が欲しいわけ」

「まあ、先輩に理解力がないなら、仕方ないですね」

先輩は私に肩で体当たりしてくる。

「ご理解とご協力大変ありがとうございます。で、購買の〝分厚すぎてごめんなさいコロッケパン〟は好き?」

「好き、なんじゃないですかね。私は〝伸びる前に無理やり詰めました焼きそばパン〟の方が好きですけど。具が全然ないのが清々しくて」

私が答える度に、先輩は嬉しそうに笑った。でも、私は正直複雑な気分だった。そんなに嬉しそうにしないでほしい。こんなに先輩のために協力してるのは私なのに。


乃木先輩は私が思っているよりもずっと真面目な人だった。もっとチャラい感じの人だと思ったから、ラブレターを他人に渡してもらうという状況にギャップがあった。帰宅部だと言っていたけれど、いつも何か忙しそうだったし、いつも何かメッセージが届く音が携帯から聞こえていた。私は気にしないようにしていた。本当は、やっぱり彼女がいるんじゃないのかとか。乃木先輩は、私と中庭でこっそりれいか攻略の打合せをしている時は、私のバイト時間まで一緒にいて、そして時々バイト先まで送ってくれた。私は先輩がれいかに告白する前に、私と噂になってしまうことを心配した。実際に、そろそろと噂が立ち始めていた。

それでも、先輩と話をするのは私も楽しかった。私は、問題を後回しにし、臭いものに蓋をし、目の前の会話の楽しさに何も見えていないふりをした。


「…ね、ね、ね、猫同士って、こうやってゆっくり目を何度も閉じて〝俺はお前が好きだよ〟って愛情表現するんだって」

乃木先輩は私の顔を覗き込んで、二回ゆっくり瞬きをした。

私は目をそらして、迫り来る先輩をぐいと両手で押し返した。

「また、て、ですか?て、て、て…敵から女性を守るために男性は右で剣を持ち、左に女性を配置するので、女性に見せるために男性は左にピアスをするようになったそうですよ。右の片耳ピアスは昔はゲイの印だったけど、今はどうなんでしょうね。ピアスで性癖確認するより、SNSでお相手見つけた方が早いですよね。でも私は腐女子じゃないです、残念ながらまだ」

手のひらを先輩に向ける。どうぞのジェスチャーだ。

「だだだ…だけど女の子って、男同士の恋愛好きじゃん。なんで?そういえば、俺、アントニオ・ガウディって実はゲイだったんじゃないかって思ってるんだ」

不意に視線を感じて、右の玄関を見た。どの学年かはわからないが、女子が3人、固まってコソコソと何か話しながら、私と乃木先輩を見ている。あまりモテる人と親しくするのも面倒だな、と心で舌打ちをした。

「ガウディは人間が生まれながらにして背負った罪の贖いに、あのサグラダファミリアを建てようと思ったらしいけど、俺そこまでの罪ってなんだろうって思ったわけ。人間生まれつき悪者じゃないでしょ。りんご食ったくらいでさ。だから、男しか愛せないと言う自分の贖罪のために、あれだけのものを人生通して作り上げたかったんじゃないかって思ったら、なんかしっくりきたんだ。独身で、しかも一番弟子の男性とすっごく仲良かったって聞いて、ピンときた」

人間生まれつき悪者じゃない。って、乃木先輩はそう信じているんだ。先輩らしい。

「確かに当時は今よりもずっと厳しくて、同性同士の恋愛なんてタブーだったんでしょう。自分の性的嗜好が自分の選択だと信じていて、罪を償おうとして教会作りに一生を捧げたのだとしたら、とても辛いと思います。自分で選択して罪を負ったと思うなんて…理不尽すぎる。まあ、あくまで推測ですけど。それより先輩はサグラダファミリアの話、本当に好きですね」

まだ、いる。玄関口のコソコソ女子。私の思い過ごしかもしれないならいいんだけど。

「あと、りんごと言えど食べ物の恨みは恐ろしいですよ。…さて。今後は少し、私たちは離れて会話しましょうか。私はこの学校を無傷で卒業する予定なんです」

私は手のひらを先輩に向けた。

「え?どういう意味?」

「はい、アウトー。今は、す、で会話を始まるルールですよ。ソーダアイス奢りです」

「別にアイスくらいいつでも奢ってやるよ。それよりなんで離れて会話なの?」

「先輩も言ってたじゃないですか。すぐ手にできる獲物じゃなくて、じっくり作戦を練った後に成功して手に入れるって達成感が欲しいって」

「細かいことばっか覚えてんのな、お嬢って。でも離れて会話すると達成感が持てるのかよ、よくわかんね」

「うるさい。文句言ってると、二本にしますよ」

「アイスの二本くらい奢ってやるってば」

「それじゃ、私がお腹壊しちゃうじゃないですか!」

「別々の日にすればいいだけじゃん。それより手紙の彼氏はあれから元気?」

「彼氏じゃないですし、先輩には関係ないです」

「彼氏じゃないのか。ふうん」


私はさっとベンチから立ち上がって、乃木先輩との間にそろりと距離を作った。

この乃木先輩はれいかの言う通り、確かにとても人気のある先輩だった。クラスメイトや何人かの知り合いレベルの女子には先輩との関係をしつこく聞かれ、生き別れた異母兄弟などと言って皆を白けさせた。私はいじめ的なことをされていたみたいだったけど、もともとれいか以外とはそんなに付き合いもなかったし、部活も入っていない。バイトと勉強で、そもそも学校にいる時間がなかったから気にしなかった。ただし、上履きも含めて私物を学校に置くのは当分やめた。私物がごっそり無くなったりしたからだ。買い換えるお金などないと言うのに。しかしモテモテの先輩が平々凡々な私から何を知りたいのかいまだにわからない。ただ、先輩を知らない私、と言うことが結構大事なポイントだったのだと言うことは薄々わかっていたけれど。乃木先輩は安い小説に出てくる芸能人みたいに、自分を知らない人に素を見せたいのだろうか。

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