第2話 一般論としての難問
「頼むから、気になる女子にどうしたら直接告白できるか教えてくれっていうの。その俺様先輩が」
昼休みに、同じクラスの秋山れいかがまた私のお弁当のおかずを狙ってきた。れいかはいつも売店のパンだ。かと言ってパン党なだけで、特別ありがちな家庭の事情ではない。
「乃木先輩でしょ、りお。やめてよ、先輩のファン結構多いんだからね!」
そう言うは、その乃木先輩が狙っている女の子本人なのだ。私はこういう場合、はっきり宣言しておく。ファンが多い先輩が告白の方法を知りたいなんて、絶対おかしい。
「さっきも言ったけど、この俺様先輩はれいか狙いなんだよ?こんなのに好かれるなんてありえないし、人からアドバイスをもらって告白して付き合おうなんて、その時点で絶対ナシだよ。頭おかしい」
「えー私めちゃくちゃ嬉しいんだけど!俺様大好き!早く告ってくれないかなあ」
ほおずえをつきながら、れいかはパンの干しブドウを丁寧にもぎ取っていく。
「もう向こうはれいかのこと好きって分かってるんだから、れいかが好きなら今日にでも即告白しに行けばいいじゃん。『私たち両思いなんて奇遇ですね🖤』2秒もかからん。ただ…もしかして二股とかできる人かもしれないから、気をつけないと」
少しパンの破片がついたレーズンは基本ご飯には合わないが、いなり寿司となら結構いけることを発見して、ちょっとテンションが上がる。パンのかけらがついたレーズンをれいかがいなり寿司にせっせと楊枝で詰めてくれるので、仕方なく口に出迎える。うむ、うまし。
「そういうとこ!干しぶどうも!女の子は普通レーズン食べない!りおはもう少し女子らしくした方がいいと思うよ。女子は自分から告白なんてのもしないの。こういう場合は、男子から告白してくれるのをじっと待つんだよ。彼女がいるなら別れるまでじっと待つんだよ。世の中、そういう風にできてるの、これは一般論なの!」
「一般論として、女の子はパンからレーズンほじって友達のいなり寿司に詰めたりしないと思うけど」
一般論は全く同意できなかった。私は昔から抱えてきた女はこうあるべき、男はこうあるべきという枠に違和感を感じ続けてきた。なんで女子が告白したらいけないんだろう?積極的な女子はなぜ嫌われるんだろう?それなのに、先輩の前でちょっぴり泣いた自分は凄く恥ずかしかった。
「うーん、それは初回からいきなり難問だな。全統模試でもそんな問題出ないぞ」
わからないから、ついでに直接俺様先輩に聞いてみた。
私は、乃木先輩に呼び出された。初めて会った放課後の中庭に。ここは確かに校舎に囲まれているけど、初夏から秋まで茂みでベンチも見えにくい意外な穴場だった。穴場だから、他の生徒も来ない。ちょっと前までは自分だけの秘密の基地みたいな気分でいたのに、今や俺様先輩に乗っ取られてしまった。家では無理だし、今度からどこで手紙を書けばいいのか。
例の生意気そうな桜の木は、相変わらず生意気そうに花の終わった花柄を落としては人間を虐めて楽しんでいるようだった。私は乃木先輩の髪についた3本の花柄を見つめながら、ベンチに座って答えを辛抱強く待った。もちろんれいかが先輩のことを好きだと言う事実は伏せておいての一般論だ。
「れいかちゃんはレーズンは女子の食べ物じゃないと。あと、お嬢はれいかちゃんの一般論は自分に当てはまらないって思うんだ。ってかこれ、本気で質問してる?」
私は黙って頷いた。ありったけ集中して、真剣な顔を頑張って作って。
「…なるほど。ごめんごめん。うん。それかられいかちゃんは『告白を待ってる子が好きな男子』が好きってこ………」
先輩は一瞬言葉を切った。
「あの…嬉しいけど髪についたゴミを取るときは一言言ってね。意外と心臓に悪いから」
私が立ち上がって無言で捨てた花柄を二人で目で追いながら、不思議な空気も地面にストンと落ちた。
「あ、すみません。せっかくの綺麗な髪についていたので気になって。俺様…乃木先輩は心臓の病気かなんかお持ちなんですか?」
「いや、そういう意味じゃないから。お嬢は本当変わってるな。まあいいや。…とにかくこれが一般論だと」
「そうです。れいかのことじゃないです。でもれいか曰く『告白を待ってる子が好きだって言う男子が好き』なのが女子の一般論らしいです」
「そうなんだ…お嬢はどうなの?お嬢は一般の中に入る?」
「私ですか?私は…まず『告白を待ってる子が好きだって言う男子』っていうのは、女の子を下に見ているわけで、付き合う女は自分より出しゃばって欲しくない、女はか弱いという前提で恋愛を考える男だと想定するとめちゃくちゃ嫌いです」
私は再び答えながらベンチに座った。先輩も一緒に隣に座る。さりげない。スムーズ。顔が結構近い。
「恋愛は男女対等であるべきだし、男だって守ってもらいたいと思うこともあるんじゃないかと思……」
私も思わず言葉を切った。
「…ごめんなさい今本当にわかりましたから先輩こそ本当にやめてくださいごめんなさい」
私は今、心臓にわるいの意味が今わかった。先輩がニヤニヤしながら取ってくれた花柄を、またしても二人で目で追った。
「どうした?」
首を傾げた先輩にちょっとムッとしたまま、無言で首を振る。私は、少し鈍感なところがあって自分でも時々イライラする。
「顔、赤いけ……」
「赤くないです」
素早くかぶせて答えた。
俺様先輩は、なぜか優しい笑顔を見せた。この前のドヤ顔やニヤニヤ顔をする同じ顔とは思えないほどの安らぎ感があった。こういう顔をしていれば、れいかはすぐに落ちるのに、と素直に思った。
「俺は作ってない自然な女の子がいいね。でもまあ、本当に告白できない子だっているだろうし、演出されてないその人を見たときに興味を引く何かがあれば、何とか糸口を見つけて始まる恋愛もいいんじゃないかと思うけどね。友達からとかさ。あと、最近は欲しかった答えをくれた時に〝落ちる〟こともあるんだって思ったかな」
先輩がさらりと髪をかきあげた瞬間、爽やかな柑橘系の香りがふと鼻を撫でた。
「あと、俺はレーズン好きだけど。ちゃんと答えになってる?」
男でも香水とかつけるのかな。髪をかきあげても無駄に決まる、イケメンおしゃまさんめ!
「れいかはいい子です。『自然に、自分を守ってくれる優しくてかっこいい男の子に好かれたい』って思っているんです。だから、やっぱり乃木先輩から、ガツっと!男らしく!かっこよく!俺様っぽく!目の前で堂々と!告白するのがいいと思いますよ。その前に彼女と別れてくださいね。二股は日本ではモラル違反です。では」
「待ーって」
立ち上がった拍子に、またしてもがっつり腕を掴まれた。あーあ。態度は強気でも、力では勝てない。こんな時、そういう歴然とした差を見せつけられている気がする。私はいつも考えすぎだっていうのもわかってるけど。
「一人で完結させんなよ。彼女なんて居ないよ。…この前はちょっと盛っただけ。彼女居ないとか、恥ずかしいからさ」
思わず呆れて、ついうっかり口走ってしまった。
「はあ?彼女が居ないと恥ずかしい、という概念がまず理解できないです。馬鹿みたい。何に対しての見栄ですか。私は彼氏なんかいないですけど、全然恥ずかしくありませんよ」
先輩はなぜか嬉しそうな顔をした。まあ、お仲間感に安堵を感じるのはわからないでもないので許す。
「お嬢は本当にはっきり言うね……。自分でもわかってるよ、はーい、俺は馬鹿です。それよりお嬢は今彼氏いないんだ。どんな人が好きなの?ついでに聞きたい」
つ・い・で・に!ついでに!
「私は…どんな時も大人の人が好きですね。融通はきかなくても、どんな質問や悩みにもワガママにも大きな心で応えてくれるような」
「最初に会った時、随分熱心に手紙を書いてるようだったけど、誰当て?どんなワガママに応えてくれる大人の人に片思い?」
横目で見た先輩の髪に再び舞い降りたいたずらを、黙ったまま私は見て見ぬ振りをした。
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