第145話 ダンチ?
リンディエールは、ソルマルトと共に、迷宮の入り口があるらしい隠し部屋へ向かった。
そこは、ソルマルトが囚われていた塔にあった。
「ここや! ここに入り口があるでっ!」
「ここに?」
目の前の壁。それも、塔の上への螺旋階段を二十段上る。その踊り場の中央側の壁に向かってリンディエールはここだと斜めにビシッと指差す。
「ほ、本当にこんな所に……迷宮の入り口が?」
「間違いないわ! 迷宮独特の気配がある」
「気配……そんなものが?」
「あるでっ! なんや、モヤっとしたみたいな? ピリッと感もたまにくる? みたいな?」
「か、感覚的なものなんですね……」
「せやなっ!」
「……なるほど……」
ソルマルトも納得したということで、リンディエールは腰に付けているバッグから瓶を一つ取り出す。
「忘れとったわっ。ほれ、ソルじいちゃん、これ飲んでや!」
「薬ですか?」
「せや! 特級の万能薬や! うちお手製のなっ」
「リンちゃんお手製ですか。万能薬まで作れるとはすご……っ、万能薬? とっきゅう?」
「正真正銘の特級の万能薬や! 若返るでっ」
「……意味が……」
よく分からない、とソルマルトは思考を停止させていた。
だが、リンディエールは構わず瓶の蓋も開けてから薬を差し出して詰め寄る。
「さあっ! 飲むんや! ほれ!」
「あ……はい……」
ソルマルトは動揺しながら瓶を手に取った。
「味もフルーティやで美味いでっ。ぐいっといったって!」
「わ、分かりましたっ」
そして、一気にあおるように飲む。
「っ、とても美味しいですね。薬とつくものは、ほとんど薬らしい苦さのあるものというのが当たり前だと思っていたのですが……ん?」
ソルマルトはここで、体に違和感を覚えたようだ。
「体が……軽い?」
「おおっ! ソルじいちゃん! 皺がかなり減ったわっ。男前やんかっ。見てみい」
リンディエールは鏡を取り出してソルマルトの前で掲げた。
「っ、なっ、ほ、本当に若返った!?」
「やろ? ばっちりや! これでちょいまた寿命も伸びたわ」
「……こんなことが……」
顔の張りなどを触って確認し、呆然とするソルマルト。
鏡をバッグに戻し、リンディエールはそれではと壁に手をつく。
「ほんじゃ、迷宮行ってみよー。開けるには……ここに魔力を流すんやったか」
神から聞いた開け方だ。壁の一部に、魔力を登録できる石が使われているので、入場者はそこに魔力を流す必要があるらしい。
リンディエールがそこに魔力を流すと、手をついた場所から少し離れた上り階段のすぐ隣に扉のようなものが現れた。
「扉? 本当にこんなところにあるとは……」
「ソル爺ちゃんもここに魔力流してや」
「はい……」
ソルマルトも登録を終える。それでは行こうと扉に手を伸ばす途中で、リンディエールは振り向いた。
「あ、ソルじいちゃん、その杖よか、こっちにしよ」
リンディエールが取り出したのは、水晶で出来たような錫杖だった。
「なんて美しい……っ、あ、いえ、私はこれで構いませんよ?」
ソルマルトが持ってきていた杖。それは、若い頃に修行の一環として、迷宮にも持って行った杖らしかった。
しかし、さすがにリンディエールが傍に居てパワーレベリングするとはいっても、性能が良くなかった。
「それよか、こっちのがソルじいちゃんにも似合うし、何より、性能が段ちなんよ!」
「ダンチ?」
「段違いってことや! ええから貰ってや。うちは使わんもん。この長さ、使えんやん?」
「え、ええ……リンちゃんには大人になっても長いかもしれませんね……」
「せやろ!? それに棒術使うにしても、うちは、もっとがっちりしたのがいいんよ! 趣味悪い! 言われても、金がええ!」
「……派手そうですね……」
微妙な顔をされるが、リンディエールは気にしない。
「せやから、気にせんと貰ってや。うち、武器は売りたくないんよ。素材はいっくらでも売り捌いてもええ思うんやけどなっ。どうしても武器だけは、うちの元に来てくれたゆう感じがしてな。良い使い手に出会うまで……うちがあげたい思う人に出会うまでは手放せんのや」
迷宮のボスなどからドロップする武器は、かなりのレアモノだ。だからと言って、市場に流す気にはなれなかった。
何かの意思を感じるかのように、強い武器ほど、きちんと使い手を見極めてその人に渡すべきだと感じてしまうのだ。
「ソルじいちゃんにはコレやってビビっと来た! やから、貰ってや!」
「……リンちゃん……」
それでも迷っている様子のソルマルト。しかし、リンディエールの真剣な訴えに、しばらくして折れた。
「分かりました。有り難く、使わせていただきます」
「そうしてや!」
嬉しそうに笑うリンディエールに、ソルマルトももう迷わなかった。
受け取ると、ソルマルトは驚くほどしっくりと来るその手触りと重さに目を丸くする。
「軽い……」
「おっ、やっぱその武器よソルじいちゃんを主に選んだんやねっ。良かったわ!」
「主に……これは……頑張らないといけませんね」
この武器に恥じないようにと決意するように見えた。
「ほんなら、出発や!」
「はいっ」
そうして迷宮に入ったリンディエールとソルマルト。
かなり広く、そして、敵は結構な数が居た。
それを丁寧に潰すように排除していく。この日、一つ目のボス部屋は十階層にあり、そこまで進んで帰還した。
「……信じられません……レベルが……っ……九十……っ、五十まででもう早々、上がらないと思っていたのですが……九十……」
「やっぱ、ソルじいちゃんと相性ええし。ほんま、良い狩場や〜」
楽しかったと、リンディエールは笑った。そして、日も落ちはじめているということで、ソルマルトを執務室前まで送って、リンディエールは手を振る。
「続きはまた今度なっ。連絡するよって」
「分かりました。お待ちしております」
「ほなな〜」
「はい」
リンディエールはしゅたっとその場から消えた。
その後、ソルマルトが若返ったことで大混乱が起き、神の奇跡だと盛り上がる者達を宥めるのに苦労したというのは二日後に聞くことになる。
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