13th ステージ
第134話 もう覚えたやろ?
白と金の美しい馬車がウィストラ国の王都外門を通り抜けた。
「ふむ……手紙を出してすぐに慌ただしく出発した割に、予定通りだな」
それに乗るのは、銀の髪に青い瞳の、とても美しい妙齢の女性だ。馬車の速度が落ち、その姿が見えた者達は、思わず見惚れて立ち止まる。
透き通るような白い肌、浮かべられた微笑み。それは、まるで作られたような、そんな完璧なまでの美しさを見せていた。
その女性の向かいに座るのは、壮年の男性。こちらも色白だが、それは顔色が悪いからかもしれない。
「間に合わせろと仰ったのはどなたですか! さすがに二週間でというのは、かなり無理がありましたよ! お陰で、護衛達がボロボロですっ」
涙ぐみながら寝不足を吹き飛ばそうとするかのように強めに告げる男性。だが、女性は笑いながら窓の外を見る。
「何? うむ……鍛え方が足らぬのではないか?」
「っ、普通はひと月は掛かるんですよっ! 二週間とか、どんな強行軍ですかっ!」
「でも間に合ったじゃないか」
形のいい唇を引き上げ、不敵に笑って見せる女性。これに男性は肩を落とした。
「だからっ、間に合わせろとおっしゃるから……っ」
「仕方ないだろ。リンはひょいひょい来ていたから、それほど掛かるとは思わなかったのだ。いつだったか、冒険者がここから最速ならば十日だと言っていただろう」
会いたい気持ちが逸っていたというのもある。よって、ついうっかり、天候も考慮せずに二週間後と書いてしまったらしいのだ。
無茶を言われるのはいつもの事なのだろう。男性も文句を言いながらも、言っても無駄だと諦めモードだ。
「それは……私も聞いたことがあります……ですが、冒険者の移動と同じにしてもらっては困ります……」
「ふん。こんな大所帯にする必要はなかったのだ。表向きは、特使として、お前だけが行くことになっているのだからな」
「私も、私だけならこの半分……とまではいきませんが少しは身軽にしましたよ……それなのに……っ」
男性が不貞腐れた様子で女性の隣に大人しく座ってニコニコと笑っている青年に目を向ける。
すると、青年は悪気なく笑う。
「ん? 私がなにか? 言っておくけど、母上が突然行くぞって言ったんだよ? 確かに別邸にまた籠もろうかな〜って、旅装も全部準備万端だったけど」
「……本当に、予定していなかったと?」
信用できないのは、日頃の行いによる結果だ。
「そうだね? ちょっとだけ、たまには国の外に出るのも良いな〜、その機会があったら是非っ、とは思ってはいたけど?」
「ですよねっ。じゃなきゃ、その装いの準備万端さの説明が付きません!」
国とはまず気温が違う。当然、着るものは変わってくる。温度差がさほどない国内の別邸に向かうならば、今着ている服は必要ないはずだ。
「ははっ。母上が出かけようとしていたのは知っていたからね。あわよくばとは狙っていたんだ〜。二種類旅支度を用意するだけだし?」
「やっぱりぃぃぃ」
「はははっ。さすがは、私の息子だ!」
「……」
この母親にこの息子ありだ。振り回される一部の者が大変なだけで、国には、同じような気性の人が多い。
振り回す人と振り回される人に二分されるのだ。
雪深いことで、半ば家に閉じこもり、何かを研究したり発明するのが好きな国民性。そして、人を驚かせるのが大好きだ。
曲者が多いとも言う。
「それにしても、リンはいつも軽く来ていたが、どのルートを通っていたのか……今回のが最短なのだろう?」
「ええ……」
最短ルートで二週間でとの無茶振りに、護衛達はとにかく冒険者にも聞き込みをしてやって来た。
「あの方は……どうやって来られているかも分かりませんでしたね……いつの間にか来ていて、いつの間にか帰っておられる……確認しましたが、どの国境門にも通過した記録がありませんでした……一体どこから入って来ていたのか……」
国によって違うが、彼らの国は身分証を持ってさえいれば、国境を越えたからと、特に税がかかるということはない。
冒険者は、冒険者ギルドなどで買い取りを依頼する場合に少しばかり税を取られるし、そもそも、身分証が発行されていない子どもは、入る時か出る時にわずかばかりのお金を預かり、次に入るか出るかする時に保証書を返すことでそのお金を返すという具合でお金は実質かからないものだ。
だが、出入りすれば、記録は残る。それが確認できなかったのだ。
「この国の方だというのはお聞きしておりましたが……本当に、この距離をどうやって移動されていたのか……ただでさえ、我が国は年の半分は雪が積もるのです。外から来られる方にはルート取りも難しいですから」
「うむ。いつか聞こうと思っていても、聞き忘れてしまうからな。今度こそは聞かねばな」
「はい」
久し振りに会うのだから、沢山聞きたいことも溜まっている。それをきちんと全部聞こうと、今からやる気満々だ。
そこで、青年が疑問を口にする。
「そういえば、きちんとリン嬢に手紙は届いているでしょうか? 親書に同封したのですよね?」
「うむ。あんな子が、国で大人しくしているものか。絶対に国王も目を付けているさ」
「……え? 親書に同封……? 個人的に出したのではなく!?」
「うむ」
「私も封をするところ、見たしね」
「……っ、もし知らなかったら、こちらの国を混乱させることになるでしょうっ」
「「ないない」」
母子は真面目な顔で否定する。
「あのリン嬢ですからねえ」
「もしここの国王が知らなければ、腹を抱えて笑ってやるわ」
「絶対にやらないでください」
本気でやりそうで怖いというのが、男性の本心だ。
王宮の前に誘導されていく馬車。それに気付いてようやく到着かとほっとする。
そして、馬車が停まった。
「到着しました」
外から護衛が声をかけてくる。
「開けてください」
そう男性が答え、開いた馬車のドアから先ず先に降りる。
次に青年が、そして、女性が降りると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んで来た。
「ひっさし振りやなっ。姉ちゃんっ。息子さんも連れて来たん? それにっ、いつもの苦労性なクロウ兄さんやないかっ。なんや? もしかして特使か?
「……覚え方……どうにかなりませんか……」
「え? いやなん? めっちゃ覚えやすいやん。なあ? もう覚えたやろ? あの人、クロウ言う名やでっ」
それを周りに居るこの国の王や大臣達に尋ねる。すると、誰もがうんうんと頷き、微笑ましげにクロウを見つめた。
「……かつてない認識率……そうですね。こんなにすんなり名を覚えられるなんて……でも納得したくないっ」
「まあまあ、姉ちゃんも居るんやし、ちょっと休暇扱いしてもらい。ゆっくりしてってや」
「っ、その気遣いが痛いっ……っ」
自分でも覚えやすいと少し思ったことは心に秘めておこうと決めたクロウだ。
そうこうしていると、女性が拗ねたように顔を顰めていた。
「リン。クロウとばかり遊んでないで、こっちも構ってくれ」
「ははっ。姉ちゃんは相変わらずやなあ。うん。美人や。抱っこしてんか」
「しようっ」
女性、シーシェの女王は、女の子が欲しかったと常々思っており、リンディエールを可愛がるのも、面白くて娘とするのに理想的だと思ったからだ。
会いに来たリンディエールは、先ず先に抱きしめることから始めることにしていた。
小さな体を抱きしめると、お日様の匂いがする。土と草花、自然の香りがした。北の自国では特に、恋焦がれる香りだ。
「可愛い私の友人よ。さあ、そなたの生まれ、育つ国を案内しておくれ」
「もちろんやっ」
こうして、王や大臣達もモブと化す中、シーシェの女王との交流が先ず始まった。
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