第132話 無視されましたよね?

迷宮での訓練を始めて三ヶ月が経った。貴族達も、迷宮に慣れて来たと実感する頃だ。


そんな頃、面倒な来訪者が他国からやって来るようになった。


「っ、それでは、貴身病きしんびょうが、本当に? 治ると……っ?」


他国に向けても、治療法が確立されたというのは発信されている。だが、どの国も本気にはしていなかったらしく、半年以上経った今頃になって、確認のために特使達が国に訪れるようになったのだ。


どの国の特使も、国王に必ずこうして確認するのだ。ブラムレース王も、さすがに毎回では、苦笑せざるを得ない。


「間違いなく。既に、我が国では貴身病きしんびょうへの理解から、予防も確実に出来ている」

「っ、予防までっ……っ」


結成された特別医師団は、申請のあった国内の貴身病きしんびょうの患者を全て診終わった後、リンディエールの訳した『ベナクト医学大全』を基にして、他の病に対する研究や検証を続けていた。


それまで、個人や師弟関係にある者達でしか研究を一緒にしてこなかった彼らは時折、リンディエールに意見をもらったりしながら、医師団で集まり、様々な研究をするようになっていた。


彼らだけならば、意見が対立したり、年功序列でどうのと争ったりしていただろう。


『我々だけでは、絶対に分かり合えなかっただろう』


そう誰もが口を揃えて言う。


ここに、リンディエールが入ったことで、まとまっているのだ。年齢は間違いなく下だが、その知識も実力も、リンディエールが一番であるというのを認めたことで、リンディエールを頭にしてまとまっていた。


これにより、大陸で見ても唯一の、名実ともに実力ある医師団となった。それを他国の者達が聞きつけて来たというわけだ。


クイントが毎度のように誇らしげに特使へと伝える。


「我が国では、国内で発生する病や、今まで治療法のなかった不治の病と呼ばれたものにも、申請があれば研究も兼ねてその場に出向く、国一番の医師団がありますので」

「医師団……ですか……っ、そのように権威ある者達ということでしたら、是非とも我が国にも派遣をお願いしたい」


貴身病が治るなんてことは半信半疑だったというのが、本当の所だろう。


そこまで自慢するならばと思うのは当然だ。だが、これの答えも毎度決まっていた。


ここまで来ると、ブラムレース王は口をしっかりと閉じる。下手に口を出すと後で面倒な事になるとわかっているのだ。


クイントが楽しそうに交渉を始める。


「派遣は難しいですねえ。それに、既に数ヶ月前より、どうしてもと治療を希望される方は、国内外問わず直接こちらにいらして頭を下げられています」


必死になってその治療法をと願う者は、遠く離れた他国からの確証のない噂話でも飛びついてくる。そんな人たちには、きちんと手を差し伸べていた。


「半年ほど前に、そちらの国へも親書を送らせていただいたはず。『共に貴身病をはじめとした、難病をこの世界から無くすための研究をしませんか』と」

「……」


リンディエールがどうせならばそうするべきだろうと提案したのだ。反応するかはともかく、抜け駆けしたとか、資料を独占しているなど、おかしな事を後々言われないようにという事情もあった。


「それを無視されましたよね? それと同時に、四年後の大氾濫に備えましょうともありましたが……未だ明確な答えをいただいておりません」

「っ、で、ですが……氾濫については、冒険者ギルドが負うべき問題で……」

「……」


言っちゃったなとブラムレース王は目を泳がせた。クイントがこれで一気に畳み掛ける。


「なるほど。それは貴国の総意でしょうか。特使ともあろう方が、個人の意見は申されませんものね?」

「も、もちろんです」


押され気味に返事をしてしまった特使。この後はもう挽回できない。


「そうですか。よくわかりました。ですが、そのような考えでは、四年後に起きる大氾濫を生き延びることは無理でしょうね……かつて国がいくつも滅んだと記録のある大規模なものになるとの確かな予測が出ていますし」

「……え……」


貴身病のことだけでなく、大氾濫の事についても、他国はあまり本気にしていないようだった。


「四年なんてすぐですよ? 我が国では、貴族が先頭に立って、男女も関係なく迷宮で実践経験を積んでいる最中です。そうして、何とか自国だけは・・・守れるようにと対策を立てているのです」

「……」


特使はたいてい、ここで思考が停止する。『貴族が何を?』と理解ができないのだ。それだけ、あり得ない事なのだろう。


「避難するためにも、病人は少ない方が良い。なので、医師団も何とか難しい病を治し、一人でも多くの臣民を健康にすることで、国民一丸となって大氾濫に臨もうとしているのです」


ブラムレース王はうんうんと頷く。だが、そんな様子も、今の特使には目に入らない。


「っ……」


特使の心情は見ていて良く分かる。『やばいヤバい』と思っているだろう。一国が、本気で対策していると分かるのだ。ここでようやく、全てが現実味を帯びてきたはずだ。


「そこに……忠告もほとんど本気に取らない他国に……なぜ大事な対策の一つを担う医師団を派遣せねばならないのです? 今のあなたでしたら、分かりますよね?」

「っ……!」


コクコクと特使が言葉もなく瞬きも忘れて頷いた。


ここまで来れば、フィニッシュだ。


「何より、何かを頼むならば、きちんと筋は通しませんと……この場合の誠実さは、絶対に必要なことではありませんか?」

「っ、は、はいっ。す、すぐに国に戻り、協議させていただきますっ。お、お忙しい所、お邪魔いたしました!」

「はい。お気を付けて」

「ありがとうございます!」


クイントはニコニコと微笑んで、青ざめた様子で飛び出して行く特使を見送った。空気のように存在感を消した王のことなど、見えていなかったようだ。


ブラムレース王は、大きくため息を吐いた。


「……はあ……マジで危機感ねえのな……リンやリア様が言った通りだわ……」

「そうですね。さすがはリンです。まあ良いんじゃありませんか? 間違いなく、他国よりも先を行っていることも確認できましたし、ここで気付かせることができたなら、図々しく頼りきることもないでしょう。それをして来たなら、色々と絞り取ってやれますしね」

「……楽しそうだな……」


こうしてやり込めた後だからというのもあるが、クイントの機嫌はすこぶる良かった。


「もちろんですよ。他国の弱みをこんなに簡単に、楽に握れるなんて……っ、さすがはリン! 私の妻です!」

「いや、妻じゃねえから……」


クイントの脳内では、既にリンディエールは妻になる事が確定しているため、こんな言葉も機嫌が良いと出てくる。


「まあ、味方になるかどうかの判断はしやすくて良いな……」


そうして、数日に一度訪れる他国からの来訪者に対応していると、リンディエールが懇意にしている王が居るという国、隣国ケフェラルと北の国シーシェから親書が届いた。








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