第131話 英雄になれとは言わん
本格的な迷宮でのレベル上げが始まったのは、大会から一週間が経った頃だった。
まず、城の大訓練場に集まった貴族の大人達を十人ほどのグループに分けた。
そんな大人達の前にある台に、いつも通りの華麗なドレス姿のリンディエールが立つ。
「今日は迷宮での訓練の初日や。
全体を見て、リンディエールは確認する。
「体調が悪い場合は我慢せんと申し出てや。各種薬は取り揃えとるでな」
訓練を始めるに当たり、きちんと全員の健康診断も行っている。病人に無理させる気はない。ただ、そんな病人も、程度によっては訓練に参加させていた。
「前にも言うたが、レベルが上がれば、体の状態も変わる。既に実感しとる者はあるはずや。頭痛持ちや胃痛持ちも、改善されることが多い。メリットも確実にあるんや」
うんうんと、目を輝かせながら頷く大半は、そうした悩みが訓練を始めてから解消したと実感している者達だ。
「因みに、レベル百になれば、更年期病……年齢によって起きる体の不調が無くなる言う研究結果も出とるで」
「「「「「っ!!」」」」」
これには、反応する者が多かった。
更年期が無くなる訳ではなく、レベルが高くなり、寿命が延びることにより、その切り替えがとても緩やかになることで、不調になったという実感をすることなく体が受け入れることになるというだけ。
それでも楽になることには変わりなく、今これにより不調を感じている者達には確実に嬉しいことだろう。
「あと、女性には嬉しい効果として、肌が若返る。もちろん、男性にも言えることや。どうや? 金では買えんもんや。それが、自分たちが頑張れば手に入る。ワクワクせえへんか?」
「「「「「っ!」」」」」
声は出さない。以前ならば、野次も飛んでいただろう。だが、彼らはリンディエールの前では、許可なく声を上げなくなった。
それでも、空気がざわついたのが分かる。
興奮している様子も分かった。
「メリットは理解したな? 冒険者達は、自分たちで常に手探りで戦術を立て、迷宮に向かう。けど、あんたらは違う。ウチが信頼する者達に案内を頼んである。出会った魔獣の弱点や攻撃のタイミングも教えてくれるベテランや。それだけお膳立てしてレベルが上がらんなんてことあらへん」
冒険者は常に死を覚悟しながら、逃げることも視野に入れ、その魔獣の戦い方を一つ一つ覚えて戦うのが普通だ。
それこそが冒険者が求める冒険の醍醐味でもある。その達成報酬がレベルだ。
「ある程度の強さを身に付けるまでは、それを続ける。もちろん戦うのはあくまでもあんたらや。その中で、戦い方を考えさせることもある。それも必要なことやと今のあんたらなら分かるやろ? 接待されて身に付くんは、あくまでも基本中の基本だけや」
以前の貴族達ならば、最初から最後まで接待で、自分達で考える必要性を感じない。寧ろ、接待討伐が普通だと思っている。
「今までの訓練ではほとんどあらへんかったが、今後は怪我をすることもあるやろう。けど、それも必要な経験や。治療を受け、また戦ってもらう」
「「「「「……っ」」」」」
貴族達は、怪我をするなんてことが先ずない。周りも気を付けるというのもある。事故など起こせばただでは済まないのだから、慎重にもなるだろう。
だから、これが一番貴族達には不安なはずだ。
「自分勝手な行動をすれば、自分だけでなく共に行動している
後先考えず、逃げることを優先する貴族は多い。後から何とでもできるとも思っているのだろう。その考え方を変えてもらう。
「敵前逃亡と撤退の違いも理解せなあかん。そうしたもんも合わせて、迷宮での訓練は、あんたらに色々なことを考えさせるものになる。思考は止めてはあかん。考え続けえ。それを、あんたらが下に見とった冒険者達は常にやっとる。それも知れるやろ……死ぬ気でやりい」
「「「「「……っ」」」」」
リンディエールの真面目な話に、貴族達は息を詰めて理解しようとしていた。
それをしなければ、自分たちは生き延びられないと分かっているのだ。
普通に貴族から除籍される可能性も高い。そして、査察が入り、色々と暴かれてしまった者達は、ここで頑張らなければ、処刑もあり得た。
以前までの訓練よりも、心意気が違う。
ゆっくりと、リンディエールの言葉を聞いて、心を落ち着け、覚悟を決めていく大人達。メリットもあるのだと、それで自分を言い利かせている者も多いだろう。だが、確実にその顔付きが変わってきていた。
それを確認し、リンディエールは満足げに笑んで見せる。
「覚悟は出来たようやな。あんたらは民の代表である貴族や! 英雄になれとは言わん。せめて、後ろに居る者……家族に胸張れるだけの戦いを期待する。これより、迷宮訓練を開始する! 気張っていきや!!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
この日から、貴族は確実に変わっていくことになる。
もちろん、阿鼻叫喚の、地獄のような訓練でというものだが、この場でそれに気付いている者は、リンディエールの後ろに控えていた指導する側のヘルナ達や、王達だけだ。
先んじてこの訓練を体験していた彼らが、目を盛大に泳がせているのは、気付かれなかったようだった。
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