第117話 じいじがキレた

阿鼻叫喚という言葉を使いたくなるほど、混乱と絶叫が場を支配していた。


そこに、ようやく覚悟を決めたらしいイクルスが口を開く。


「静まれ……」


その一言だけで、誰もが口を閉じた。


強い支配力を待つ言葉。レベル差の影響もある。


「ほら見い。一発やんか」

「リンちゃんもシーッ。椅子用意してあげるから、そこで大人しくしててっ。ツッコミも禁止っ」

「っ、そんなっ……じいじが一人でボケるだけやったら、老人特有のやと思われるやんか!」

「ボケないから!! 真面目に話すの! ちょっと口閉じてなさい!」

「ハーイ」

「……はあ……」


カッコよく決めようと思っていたイクルスは、出鼻を挫かれ、ため息を吐く。


リンディエールはあまりにも強い魔力に突然晒されたことで、魅了されたように蕩然としてしまっている生徒達を思ってのことだ。


素早く演説台に記録用の記憶玉をセットし、自分で椅子も用意すると、舞台の端に座った。


ただ、その椅子がまたちょっと目を惹いた。これで、生徒達もゆっくりと正気に戻っていく。


イクルスも意図に気付いたようだが、ふざけているようにしか見えない。リンディエールと付き合っていれば、これくらいのおふざけは日常茶飯だ。だが、本気でふざけているのかもしれないと疑いも入る。


「……リンちゃん……何その玉座みたいな椅子……赤と金って……」


いかにも王様の椅子という椅子だった。リンディエールは本気でボケるためにも、小道具に手を抜かない。


「気にせんといて〜。あ、殿下達にも同じ椅子用意するか?」

「「普通のをお願いします」」

「さよか」


残念ながら、マルクレースとスレインには、本気のおふざけの方に取られているようだ。


仕方ないので、応接室にも使えそうな黒い革張りのシックな二人掛け・・・・ソファを出してあげた。


「「……リン嬢……」」

「え、あっ、やっぱ赤いカップル用のがよかった?」


背もたれがハート型に見えるソファを出して見せる。すると、マルクレースとスレインの表情が読めなくなった。


「「……これでいいです……」」

「さよか?」

「「……」」

「……」


イクルスの判定も、リンディエールの本気のおふざけに傾いたようだ。


「ん゛っ、ん゛っ」


咳払いをし、魔力の調整を図るイクルス。彼が思うより、かなり生徒達のレベルは低いのだ。気を付けなくてはならない。


チラチラとリンディエールへも視線を投げ、程度の確認をする。首を何度か振って、もっともっとと下げていく。


野球のバッテリーとしては失格だなと、リンディエールが密かに笑い出したくなる頃。ようやくリンディエールはこれくらいならばと頷いた。


「っ……あ〜……話は聞かせてもらった。この学園は、学びたいと思う者たちに、広く門戸を開き、国を……人々の生活を発展させていこうとの考えから創設した」


教師達はうんうんと頷く。一方、生徒達は不満顔だ。


「『貴賤による偏見なく、個々の才能を育もう』というのは、より分かりやすいようにと思い、残した言葉だ。それさえも理解していないというのは嘆かわしい……」

「「「っ……」」」


むっとする様子を見せる生徒達が確認できた。同じように、イクルスも確認したのだろう。イラついたのが魔力の波動でリンディエールには分かった。


「あ……じいじがキレた」

「「え……」」


その呟きが聞こえたマルクレースとスレインが目を丸くしてリンディエールを見る。しかし、止める気はなかった。


「大体……貴賤という言葉も、本当は使いたくなかったんだ。子どもが生まれる環境を選べるわけもない。貴族なんて、真面目に領民のことを考えて死ぬ気で努力するのは初代くらいのものだぞ。その何代目だか分からんガキが、偉っそうに踏ん反り返りおって! 魔力が多いから偉い? 金があるから偉い? だったらそれを使って感謝されるようなことをしてみろ!」

「「「……」」」

「暴走しとるな〜」


見るからに貴族の子息と分かる者たちの不満顔は、一人前にその親と同じに見える。それがイクルスに火を付けたようだ。


「研究費寄越せっ! 研究の結果だけ持って行きやがって! なにが『随分、時間がかかったものだなあ』だ!! こっちは少ない研究費でどうやりくりするかを考えるのに無駄な時間使ったんだよ!!」

「「「……」」」


大分、主旨からズレてきてしまった。


これはいけないなと、リンディエールは仕方なく立ち上がる。


そして、こんな時のために用意していた巨大ハリセンを抜いた。


「子どもにそれ言うてどうすんねん!!」

「ふげっ」


床にバタンと倒れたイクルス。気絶していた。


「ふう。あれやね。久し振りに外に出したのがあかんかった。血圧上がり過ぎやな」

「……り、リン嬢……」


マルクレースとスレインが中腰の体勢でイクルスの方に片手を伸ばしていた。心配したようだ。


「ああ。ちょい、寝かせといたって。研究明けで睡眠も足りとらんのよ。あっ! 水分取らさんとあかんかったっ。あ〜……経口補水液を用意しとくか……」


マルクレースとスレインによって、二人が座っていたソファにイクルスを運ぶ。


その間に、リンディエールは踏み台を用意し、演説台に立つ。それまで、生徒や教師達は目を丸くしたまま静まり返っていた。


「ほんじゃ、今日の本題に入らせてもらうわ」


そうして、リンディエールは、生徒達にニッと笑って見せたのだ。


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