第116話 見よ!
イクルスが魔族の血を引いていたというのは、記録にもある。
魔族のということに、偏見を持つ者達もいる時代に入っても敬愛され続けたのは、『大賢者』という称号のためだろう。
しかし、本人としては恥ずかしい二つ名という認識らしいのだ。その頃はまだ若かったというイクルス。色々と黒歴史もあるようで、銅像になっている姿も、若気の至りで変身した姿だった。
『それぞ大賢者らしいだろう!』
そう言って、当時の悪友達と遊びに遊んで作り上げた仮の姿なのだ。それなりに年を重ね、大人の落ち着きも知った今は、かなり恥ずかしいと言っていた。
こうした昔話も知り、彼の黒歴史も知っているリンディエールは、思わず吹き出したというわけだ。
「悪かったて。けど、もう黙ったで良かったやんか」
生徒たちを黙らせようと出て行ったのだ。既に目的は達した。生徒達もマルクレースとスレインも口を開けた状態で動かなくなっていた。
「ビックリしてるだけだよ!」
「同じことやんか。何があかんねんっ」
「これだと、話しても頭に入らないじゃないかっ」
「入らん人は入らん。けど大丈夫やろ。じいじの声は力乗るやん。問題なく伝わるわ。あっ、録画もしとくでな。後でおばばにも観せたろ」
魔力を乗せて言葉を発することで、夢見心地の相手にも言葉を理解させることができる。
つまらない研究成果の発表も、相手に退屈だと感じさせることなく聞かせることができるのだ。
少しばかり精神にも影響を与えているのだと思われる。だからといって、洗脳するまではいかない。もちろん、話術によって考え方を誘導することは、魔力を使わずとも可能だろう。それで洗脳と思われることはあるようなので、気を付ける必要はあった。
「ほれ、演説してや。ポカンとしとるやんか。アレは口乾くで」
「……心配するのそこ? ないわ〜」
「せやかて、いつまでもアホ面晒しとってええことあらへんやん。写真撮ったろか」
写真と言ったが、カメラの用意はない。よって、今回は映像の録画になる。
いつもは澄し顔をする令嬢も、カッコ付けのためクールなキャラを演じているだろう令息も、皆総じてポカンと口を開けて、舞台の少し上を見上げたまま動かない。
それらをリンディエールは撮影した。きちんと全員の顔が確認出来るようにズームもしてだ。
「どうやって正気に戻せと?」
「だから、話し始めればええやん」
「いや、さすがに……」
イクルスが気の毒そうに子ども達を見下ろす。自分の姿が、彼らを今の状態にしている原因なのだが、彼自身も困惑していた。
「しゃあないなあ……」
一同を録画し終わったリンディエールは、フンと笑って両手を広げ、それを壁に映し出した。
「見よ! 自分らのアホ面をっ」
生徒達は、しばらくは呆然としていた。リンディエールに何を言われたか分からなかったようだ。
沈黙が続く。
「……リンちゃん……わざと……」
「ふっふっふっ。魔力は乗せとらん」
リンディエールも魔力を声に乗せようと思えば出来る。だが、今はあえてそれをしなかった。存分に呆然としてもらう。とはいえ、生徒達もずっとそのままではない。
自分達の顔がはっきりと映されているのが確認できてしまったのだから。
「……そろそろ耳塞ぐ?」
「そうしよか」
うんと頷いて、リンディエールとイクルスが同時に手で両耳を塞いだ瞬間、悲鳴が響き渡った。
「「「「「いやぁぁぁっ」」」」」
「「「「「うわぁぁぁっ」」」」」
羞恥に顔を真っ赤にし、生徒達が叫んだのだ。
「ふっ。他愛ない」
「リンちゃん……酷いことするね……」
責められて、リンディエールは頬を膨らませる。
「ええ経験やろ。自分のアホ面なんて、普通は見えるもんやないで〜。貴重な体験やん♪ じいじのも、いつか撮ったるでなっ」
鏡で見える訳もなく、特に貴族は、常に見られていると思わなくてはならない。よって、そんな顔をすることすら稀だろう。
初めて見た自分達の何とも言えない表情。何も取り繕っていない素の顔だ。それに、かなりの衝撃を受けたのは確かだった。
イクルスにも薦めておく。もちろん、最初は断った。
「いいっ……っいや……」
そして、考え直す。
「……確かに、自分で見えるものでもないね……見てみたい気もする……」
「それでこそ、じいじや! 好奇心と探究心は忘れんなっ」
「うんっ。まあね。で? コレ、どうやって黙らせるの?」
「せやから、話せばええって言うとるやんかっ」
そして、また同じ所に戻るのだ。リンディエールとイクルスには、楽しい戯れ合いだった。
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