第107話 村の女らより弱いで
間違いなく、全ての視線がリンディエールとエリクィールに注がれていた。
騎士が姫に誓いを立てるように、可憐な令嬢の片手を取って、片膝をついたキラキラとした騎士が自身の胸に片手まで当てている。
まさか騎士の誓い以外の事情があるなんて誰も思わないだろう。
リンディエールを知る者以外は。
事情を知っている者たちは、リンディエールの目が死んでいるように虚ろになっているのに気付いている。
周りは、感動的で衝撃的なシーンだというフィルターをかけているから分からない。
じっとリンディエールを見つめて、エリクィールは答えを待っている。どう答えるのだろうとトキメク貴族達。その沈黙の中、最初に笑い声を響かせたのはブラムレース王だった。
「ぶはっ。リンっ、もうそこまで言ったら無理だろっ」
「……諦めるものではないかと……」
あくまで、まだ可憐な令嬢としての受け答えをするリンディエール。
「いやいや、無駄な足掻きだってっ。どう誤魔化す気だよ。あ、婚約するか? 剣聖と」
これに反論するのは宰相のクイントだ。どうやら、事情を知っているクイントから見ても衝撃だったらしく、本音も全部ぶちまける。
「っ、冗談でもやめてください。リンは誰にもやりませんよ!」
「いや、お前のじゃねえから……」
「……宰相様こそ、冗談はやめてください……」
まだ我慢だとリンディエールは内心爆発しそうになる感情を抑える。
場所を考えろと目で訴えたが、見事に跳ね返された。
「何言ってるんですか! 私は十年大人しく待つ気でいるんです! 横やりなんて許しません!」
「……マジでリンと結婚するつもりか?」
「悪いですか」
「……武運を祈る……」
ブラムレース王は、こちらも誤魔化すのを諦めた。最早、初めから冗談だと笑い飛ばせる状況ではない。ゴシップ好きな貴族たちが、ソワソワ、ドキドキしている。
これはもう、確かに無理だ。リンディエールも諦めた。
「はぁぁぁぁ……まったく……ネコ被っとるんも馬鹿らしわ……」
「「「「「っ!!」」」」」
貴族達は、目を瞬かせた後、キョロキョロと周りを見回す。まるで、今の言葉を誰が発したのかと探すようだ。
「エリィちゃん、責任取ってもらうで?」
未だ握られている手とは逆の手を腰に当て、リンディエールは上から睨め付けるように告げた。
可憐な令嬢から一変、女王様になった。だが、エリクィールは三度瞬きすると、表情も変えることなく、了承した。
「俺にできることならいくらでも」
「ふむ……」
そこに、第一王女レイシャがコソッと近付いてきて、スッと豪華な扇を差し出してきた。
「ん?」
「うん……」
「ん〜、んっ」
うんと、ん、だけでリンディエールとレイシャは通じ合った。
腰に当てていた手を外し、その手で扇を手に持つと、その先を口元に持っていく。
「そうですわねえ。では……」
意味深に、流し目をする。目標は高貴なお姫様だ。レイシャが目を輝かせていた。なぜかフィリクスたちまでもだ。
期待してくれる観客が居るというのなら、答えなくてはならない。周りの貴族たちも、いつの間にか息を詰めて、見守っている。
「お願いを聞いてくださる?」
「……聞く」
「必ず叶えてくださると確約いただきたいわ」
「必ず。第二十四代剣聖の名にかけて」
これに、微笑みでお礼をする。誰もが見惚れる笑みだ。リンディエールは
「ありがとうございます。では……国の騎士と貴族連中、大人らの指導は任せるわ」
「……しどう……」
コロリと雰囲気を変えて素に戻したリンディエールに、さすがのエリクィールもポカンとしていた。
「ばあちゃん、じいちゃん、こっち来てくれるか?」
「ふふふっ、いつ紹介してくれるのかと待っていたわ」
「おう。ようやくか。どう切り出すんかと思ったぜ」
リンディエールと所に、ヘルナとファルビーラがやってきた。
「エリィちゃん、あんま他の冒険者と絡まんかったから知らんやろ。うちのばあちゃんとじいちゃんで、冒険者やっとる。ランクはBや」
「はじめまして。ヘルナと申します。実は、先代様とは、今でも年に一度はお手紙のやり取りをしていますのよ。お会いできて嬉しいわ」
「ファルビーラだ。よろしく頼む」
「……噂は聞いています。よろしくお願いいたします……」
それでどうすればいいのかと、エリクィールはリンディエールを見た。
「ん? 言たやろ? ばあちゃんらと一緒にここに居る大人らを戦えるようにして欲しいねん。四年で」
「……」
「そないな『無理』って顔すなや。まあ、はっきり言ってまうと……エリィちゃんとこの村の女らより弱いで」
「……」
「しゃあないやん。実戦経験もほとんどあらへんのやから。学園である
「……」
「「「「「……」」」」」
貴族たちは何を言われたのか、しばらく理解できなかった。しかし、さすがにこれはと思った者はいた。
「っ、失礼だぞ! 我々が村人に負けるだと?」
「子どもが何を偉そうに!」
「いくらヘルナ様のお孫様でも、言っていいことと悪いことがっ」
一気に喧しくなった。
なので、リンディエールはフィリクスたち以外の者たちに向けて、威圧した。
「「「「「っ!!」」」」」
気絶するギリギリを見定めたため、彼らは、座り込むだけで済んだ。完全に腰は抜けている。
「喧しなぁ……あんたらが口だけやて、ほんまの事言うとるだけやないか。こないな子どもに威圧されて腰抜かすやなんて……ゴブリン一体でも目の前に来たらチビるん目に見えとるやないか。情けない思わんのか?」
「「「「「っ……」」」」」
呼吸を忘れたように、静かになった。
「はぁ……ばあちゃん、計画頼むえ」
「任せなさい」
「子どもらはうちが見るよって、せやなあ……いくら口が達者でも、子どもらに負けたら、口より手や足を動かせるようになるかなあ」
「あ〜……まあ、そうね。リンちゃんに負けてるって焦ってる私たちが証拠よ。セリンも最近は鍛えてるもの」
「っ、お、お義母様……っ、知ってっ……」
静かに控えていたリンディエールの母セリンが慌てる。恥ずかしそうに頬を染めていた。
「当たり前よ。ディースリムと夕方に走ってるでしょう? あと魔法の訓練も」
「っ、はい……その……」
「うち?」
リンディエールに伺うような目を向けるセリンに、首を傾げた。
「り、リンちゃんに、少しでも、ち、近付こうと思って……っ」
「……へあ?」
おかしな声が出てしまうほど驚いた。
「そ、それなのにっ、リンちゃん……っ、剣聖なんてっ……」
うるうると涙を滲ませるセリン。どうやらディースリムから聞いたらしい。
「あ〜、いや、うちはそんなつもりなかってんで? やから、名乗っとらんやろ?」
「で、でもっ……」
更に顔を歪めるセリン。そして、ここに空気を読まない剣聖が一人。
「リンは俺が認めた第二十五代剣聖。それは確かだ」
「っ、エリィちゃん!」
「「「「「っ……剣聖……」」」」」
へたり込んだままだった貴族たちは、回らない頭でその言葉を繰り返した。
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