第106話 リンがいい

剣聖エリクイールは、リンディエールの居る場所に来るまでの間に接触しようとした下心満載の貴族を全部無視して突っ切って来たようだ。


最後に別れた時の状況が不味かったというのは、リンディエールも自覚していた。だから、来るだろうなとは予想は出来た。


まるで、リンディエールしか見えないというように、その目は真っ直ぐにリンディエールを捉えていた。王子、王女も居るのに、そんな事は関係ないと、リンディエールを真っ直ぐに見つめて立ち止まる。


「リン」

「あ〜……んんっ、失礼いたしました。リンディエール・デリエスタと申します。剣聖エリクイール様にお会いでき光栄です」


とびきりの『貴族令嬢の挨拶』と笑顔をおみまいしたのだが、表情を固めたまま変わらない。会心の一撃とはなっていないらしい。別人かと思われたらいいなと思ったのだが、所詮はリンディエールの勝手な願望だ。剣聖が、彼が、一度剣を合わせた者の存在に気付かないはずがなかった。


「…………リン」

「……はあ……はいはい。久しぶりやなエリィちゃん」

「……師匠と……」

「うち、剣聖になる言うとらんやん」

「……リンがいい……」

「いや……やからな? エリィちゃん……ほんま口下手やな……そもそも良い、悪いやないねん。弟子を好き嫌いで取ったらあかんやろ……」


せめて素質があるからとか言えばわかるが、エリクイールは最初から『リンにならいい』『リンなら』しか言わなかった。


「あと、弟子にとか、師匠だとかも、この前まで言わへんかったやんか」

「……?」

「……剣聖が脳筋や困んねんなあ……これはエリィちゃんの師匠が悪いわ……」


エリクイールは、体を動かすことを重視しており、あまり会話が得意ではない。一日中、黙々と畑仕事。話好きな女達は牽制し合って近付けず、モテることに嫉妬した男たちも避ける。


大人たちは、エリクイールが寡黙な人だと勝手に決めつけ、一方的に話して終わり。会話の練習がそもそも出来ていなかった。


弟子云々も、恐らく脳内で完結していたのだろう。


「……リンなら問題ない。奥義も教えた」

「……まさかアレがとは思わんやん……大体、あれ、教えられとったん?」

「見て、受けて覚えるものだ」

「あ〜、な……」


それはそうだろうが、とっておきを見せると言って、見せてくれた技を、リンディエールはいつもの調子で、すごい、カッコいいと言って真似た。


そして、できた。


出来てしまった。


「……才能が怖いわ……」


自分の才能が怖い。この状況でなければ、鼻に付く言葉だが、リンディエールは切実に思った。なんでやってしまったのかと。


この場にいるフィリクス達は、リンディエールのことをよく分かっている。だから、正確に『やらかした』と察していた。彼らは揃って遠いところを見て『あ〜』と呟いたのだから。


唯一、呆れながらも苦言を呈するのがフィリクスだ。


「リン……なんでもかんでも手を出すのは良くないよ……」

あにい……これでも反省はしとんのよ……」

「リア様が言ってたね。『リンは好奇心で身を滅ぼしそうだ』って。これだよ」

「やから、反省しとるて……」


フィリクスとしては、これ以上、少しでもリンディエールとの差が広がらないのを願っているのだ。こうして、いつもの好奇心で剣聖としての資格なんかを、ほいほいと得てしまうのは困るということだった。


頭を抱えるリンディエールへ、エリクイールは相変わらず表情も変えずに伝える。


「リン……俺はリンがいい」

「……それ、その言い方やめい。この場では誤解を受けるわ……」


リンディエールが素で話し出してから、近くにいる貴族達に聞こえないように、少しばかり風で聴きづらくしているのだが、エリクイールの決意も固いのか、声が大きくなってきている。


口数の少ないエリクイールの言葉は、誤解を受けやすかった。そして、天然。


エリクイールは誠意を見せようと、リンディエールの前に膝を突いた。その上に、片手を胸に当てる。まるで騎士が誓いを立てるように。


「ちょっ、エリっ」


これはまずいと思った時には無理だった。制止しようと片手を伸ばしたリンディエールのその手をエリクイールはあろうことか咄嗟に取ってしまう。そこにこの言葉だ。


「リンしか要らない」

「「「「「っ!!」」」」」

「……やられた……」


やらかした。


当然だが、周りは最大に誤解したのだ。時よ戻れと切実に願った。


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また来週です。

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